なぜマネジメントがうまくいかないのか【第4回】    ~その習慣を止めれば、マネジメントが動き出す~



第2章  1つの情報に反応する人たち( アセスメント現場での普遍的光景)


2-1 グループ討議演習で横行するいびつな情報処理


世の中全体のサンプルとなるアセスメントの臨床


「たった1つの情報に即応してあれこれ言おうとする人」は、もはや世の中全体の多数派を占めているかもしれません。アセスメントセンターの現場にいると、それが当たり前のようになってしまっている空気を感じ、いつも不安に駆られます。大学生を対象とする新卒採用アセスメントから、大企業の経営職や管理職を選抜するマネジメントアセスメントに至るまで、どんな場面でも私が抱く不安の質は変わりません。


私たちがアセスメントするのは毎年2千人くらいですが、様々な年齢、学歴、職歴、職位などを携えるその人たちは、十分に社会全体の状況を映すサンプルになるはずです。そこでは実にいろいろなことが起こりますが、大多数の人に見られる共通の行動もあります。私たちがアセスメントの仕事を始めた28年前から今に至るまで、その最たるものとして君臨しているのが、「1つの情報に反応する」という残念な行動です。海外でどうなのかはわかりませんが、少なくてもわが国では、その行動を選択する人がずっと多かったということなのでしょう。


先述のように、未知の場面における1つの情報との接点が、思考に進むか否かの分水嶺になります。そこに飛びつきその情報の周辺で事を解決しようとすることは思考停止を意味しますが、だとすると、日本人の多くが思考停止に陥っているのでは…? という穏やかでない仮説が浮かび上がってしまいます。


その「接点」での行動選択が、仕事だけでなくその人の人生そのものを大きく左右します。それなのに、今そこに着目する人は、それほど多くないと思います。まずは、私たちが社会の縮図と捉えているアセスメント現場で起こっていることに向き合ってみてください。


前提となる情報が事前に共有されることの意味


アセスメントの演習課題の中に、グループ討議があります。メンバーは4名から6名。開始前にテーマが配られ、それを10分間読み込んでからコンサルティング会社のプロジェクトチームという立場で50分の討議に臨みます。そこには顧客が抱える経営問題が記されており、その内容を共有して進められるミーティングが私たちアセッサーに観察されて、メンバー各自の能力傾向が分析されることになります。


A4の用紙2枚にびっしりと記された経営問題は、メンバーが討議を進めていく上での大前提となります。仕事ができる(マネジメント能力がある)人か否かをアセスメントで見極めようとする時、「与えられた前提を大事にできる人かどうか」「与えられた情報たちを概念化して新たなイメージや仮説を導けるか」という視点が欠かせません。前提情報をまず全員に携えてもらってから討議を進めてもらうと、誰が前提に誠実か、誰が前提から逃げ出すか、だれが思考停止に陥っているか… が確実にわかります。


一定量以上の情報を共有するところからスタートさせないと、そのグループ討議はアセスメントの演習課題として機能しにくくなります。一般的な採用選考のグループワークが「学生と社会人との違いは?」「少子高齢化による労働力不足を解消するには?」のような一言テーマ型で運営されることはよくありますが、このやり方は人を正しく見極める手段としてあまり相応しくありません。


何に縛られることもなく好きなことを好きなだけ喋れるようなグループ討議では、往々にして知識が豊富で発信パターンを多数有する「声の大きい人」が、優秀な人材として浮かび上がります。しかし、その人が話していることが、与えられた情報を概念化して今創り上げたものなのか、あるいは潤沢に擁する武器の中から今使えそうなものを引っ張り出してきただけなのか… 前もって前提情報が共有されないグループ討議では、その識別がかないません。


私たちの経験から、迅速に起動し勢いよく発信量を積み上げる人の多くが後者であることもわかっており、「これらの情報を概念化して自説を創り上げてくださいよ」という材料が示されないグループ討議で人物評価を図ろうとすることには、かなりのリスクが伴うものと思われます。


大量の前提情報を示して参加者にその上で動くことを強く求めるグループ討議でないと、人の自己中心性や思考回避性向が可視化されにくく、組織で機能する優秀な仕事人に正しく光を当てることができない!


採用選考でグループ討議を使おうとする会社には、このことをぜひ知っておいていただきたいと願ってやみません。


全体像をスルーして個別の課題にそれぞれの解決策?


さて、グループ討議の現場で私たちが連日目にしている「1つの情報に反応して動く人たち」は、具体的にどんな行動を見せてくれるのでしょうか。


敢えて改行せずに文字をびっしり詰め込んだA4用紙2枚を前にすると、誰でも心理的な圧迫を感じることでしょう。いつも申し訳なく思っています。もちろんストレッサーとしての機能を高める狙いもあるのですが、膨れ上がった前提情報は、「被験者に少しでも多様な情報を与えて、その使われ方を確認したい」という課題作成者の強い思いの顕れでもあります。「情報の出し方」よりも「情報の使い方」に向き合わないと、その人の仕事力に正しくアプローチすることはできません。情報の選択と処理の傾向を知るためには、質の異なるたくさんの情報を散りばめることが求められるのです。


そこには、最重要顧客企業の社長から持ち込まれた経営問題が長文で書かれています。「いつもお金をたくさん払ってくれている方からの相談」という設定なので、コンサルタントチームとしては、生産的な提案ができるように精一杯頑張らなくてはいけません。社長は、今会社で起こっている問題を包み隠さず提示してくれています。それらの情報を複合的に処理して、社長が気付いていない本質的な問題を見つけ出し、その解決策を提示するのがミッションであるはずなのですが…


大学生から管理職や経営職に至るまで、すべての階層で頻発するパターンがあります。私の体感的には、8割以上のグループ討議がこうなってしまっているように思います。


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進行役を買って出た人(本当は「進行役を定めない」というルールがあるのですが…)が、議論の開始早々提案します。

「まず問題を挙げていきましょうか」

素直に応じた討議メンバーは、「今、目についている問題」として社長が教えてくれた事象を順番に並べていきます。そして一通り出揃うと、進行役は至極当然のように促すのです。

「それでは、それぞれの解決策を考えていきましょう」

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おかしいと思いませんか?


社長は、自分の会社のどこに問題があるのかを知りたくて、そしてその問題を解決するにはどうすればよいかを教えて欲しくて、コンサルティング会社に相談しているのです。その分析の材料となる情報になるようにと、既に顕在化していて自分が認識している課題を知らせてくれているのです。


そんな中で、社長が既に認識しているそれらの情報をわざわざ取り出し並べ直すことに何の意味があるのでしょうか。そして、「その1つ1つを別々に取り扱い、それぞれの解決策を考えようとする」という取り組みがどんな結果を招くか、イメージできないのでしょうか。


討議の前提となるテーマには、会社の創業から今に至るまでの歴史が書かれています。社長が会社とどのように関わってきたのか、どのように経営を進めようとしてきたのか、その結果会社のコアコンピタンスはどのように変容していったのか、そして今どのような問題が起こっているのか…が示されています。


それなのに、それらの情報には目もくれずに今見えている課題を1つずつ取り上げてそれぞれの解決策を求めたら、そこには全体との整合が薄い一般論の羅列しか生まれません。


例えば、多くの課題の1つとして示されている「若手の早期離職が増えている」という1つの記述に強く反応した人がいたとしましょう。とりあえず何らかの答えを出さなくてはいけないと焦るその人は、すぐに解決策をぶち上げました。


「それは採用に問題があると思うので、採用の方法を再考したらよいのではないでしょうか」


「採用の方法に問題がある」→「早期離職が頻発する」は、その人が自分の常識として携えている一般論です。採用方法にも問題はあったのかもしれませんが、前提として豊富な情報が与えられている以上、それを使ってその会社ならではの本質的原因について考えを巡らせないと、グループ討議の生産性は高まりません。


悪い流れを絶つためにヒントをもらおうと、恥を忍んで自分が把握する会社の問題点をたくさん開示したのに、その1つを摘まみ上げたコンサルタントに「早期離職が多いことが問題なので、採用方法を変えてみたらどうでしょう」と言われた社長は、どう思うでしょうか。

そんなことする人いるの?

本当にそんなことが起こるの?


こうやって文章にしてみるとあまりにも稚拙な取り組みに見えてしまうので、そう思う方がいらっしゃるかもしれません。しかしながら、前述のように、採用選考でもマネジメント研修でも、このようなグループ討議が連日繰り広げられます。先ほどの「早期離職は採用のせいでは…」という例も、私が数えきれないほど目撃してきた実話です。


物事の全体像をイメージするに至らず、たった1つの末端事象に反応する人が多い最大の理由は、それが楽だからでしょう。問題解決に臨むにあたって最もしんどいのが、思考プロセスを踏んで目標設定に動く課題形成のプロセスであり、そこまで行けば、後は自分の経験や知識を駆使して解決への手立てを示すことができます。


ところが、その目標設定に向けた状況打開に汗をかくことを嫌う人は、最も重要フェーズをすっ飛ばしてでも一刻も早く自分の経験知を披露できる流れを作りたいと考えます。社長が示してくれた「末端の問題」は、そんな人にとって実に便利なテーマになるのです。


グループ討議において、迅速に起動し長い尺を取って気持ち良さそうに自説を発散する人の多くが、目標設定の労を嫌った人です。目についた末端情報と経験知を絡めて自説の体裁を整えるのが旨い人です。前提となる情報が共有されないグループ討議では、そんな人が賢く見えてしまいやすいのでご用心。


グループ討議の前提情報に接した多くの人が、今顕在するわかりやすい1つの課題に飛びつき、それをとことん個別に取り扱って安易な結論を求めていく。


アセスメント現場で日常化するこの景色が、1つの情報に飛びついて動く人がボリュームゾーンを形成している世の中の現状を残酷に映しています。

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