TAIPA

NHKで夜10時からやっている「ドラマ10」が好きで、よく観ています。演技が繊細で感情移入できる俳優さんが数多くキャスティングされているので、ついついそのドラマの世界に入り込んでしまいます。

一昨年の秋には、「拾われた男」にはまりました。仲野太賀、伊藤沙莉、草彅剛といった役者さんたちの演技に凄みがあり、たまらなく好きでした。非言語の世界で感情を伝えようとする場面が多いドラマで、「察して感動する」楽しみが多かったように思います。

一度、大学3年生を対象とするインターンシップの講義の中でそのドラマのネタをぶち込んだことがあります。「情報の概念化」を説明するためにはこれ以上ないと思えるようなワンシーンがあったために血迷ってしまったのですが、「拾われた男」を知っている学生が1人もおらず、心に大量の冷や汗をかきながら前提をイチから説明する羽目になりました。私のちょっとした黒歴史です。



最近のお気に入りは、「正直不動産」でした。こちらは、「勧善懲悪スカッとする系」のベタな脚本なのですが、やはり魅力のある俳優さん(特に女優さん…)がたくさん出ていて、毎回とても癒されました。

その中で「プライベートの充実を最優先し、先輩や上司が残業していても定時に帰ってしまうZ世代の申し子」という設定の若者が登場するのですが、彼は事あるごとに「タムパが…」と口にします。「さすがNHK!流行りのタイパを茶化してる ⁉ 」と思って調べてみたら、タムパという言い方も現存するのですね。

インターンや新卒採用選考で日々たくさんの大学生と接していますが、彼ら彼女たちがそんな場で「タイパ」「タムパ」などと口にすることは、さすがにありません。なので、そんな言葉が流行っているという実感をなかなか持てずにいたのですが、タムパ君のおかげで、あらためてその概念に向き合うことができました。



確かに、採用選考やインターンシップにおいて、A4用紙2枚にびっしりと書かれたグループ討議のお題に接した学生の多くが、その文章をじっくり読み込まずに「キーワード」をつまみ食いして、「要点を押さえて読みました」と胸を張ります。物事の全体像がわかって初めて本質が浮かび上がるのに、なぜ一つの情報を一瞥しただけでそれが重要かどうかがわかるのでしょう。

「物事の全体像を把握するのに必要な情報群をスルーし、一部分に過ぎない情報に反応して手っ取り早い答えを求める」というすっかり見慣れてしまった学生たちの行動も、「タイパ」の一環なのかもしれませんね。

情報と接する時間を最小限に抑えようとするのは、何も学生や若い人ばかりに限ったことではありません。管理職やベテラン社員を対象とするマネジメント研修でも、与えられた課題や人の話にろくに向き合わず、目に止まったひとつの情報に反応して自分の知識や型の披露に走る人がたくさんいます。

もちろん時間対効果という概念が重要なことには何の異存もありません。無駄な時間はできるだけ使わない方が良いと思います。でも、「対象に向き合い、情報を集めて、全体像を把握する」という取り組みは、無駄どころかマネジメントや質の高い仕事をする上で最も重要なプロセスなので、そこを避けるのは単なる怠慢に他なりません。

しんどいことや面倒くさいことが嫌で大切なことから逃げているだけなのに、「タイパ」などという概念を借りて自分を正当化している人が、少なくないように思います。残念な風潮です。

「正直不動産」の中で、主役の山Pがタムパ君に「無駄と思えるものの中にも大切なものがあるんだよ」と言っていましたが、タイパ主義者の皆さんは、本当に「無駄だ!」と思ってショートカットを敢行しているのでしょうか。




この春、ドラマ10ではないのですが、NHKの「夜遅い時間枠」で、ユーミンズストーリーというドラマが3週間にわたって放映されました。やはり役者さんたちの演技が光る不思議な雰囲気のドラマで、私はどんどん引き込まれていきました。

しかし、後日覗いてみたネットでのレビューには、賛否両論がありました。酷評の中では、「伏線が回収されていない」という、ストーリーのわかりにくさを指摘するものが多かったように思います。確かに「観る人すべての心にストンと落ちる」というドラマではありませんでしたが、私はむしろそこにリアリティーを感じていたし、全体を覆う空気感がとても好きだったので、脚本を書いた人が少し気の毒に思いました。

昨今、録画したドラマを「要点を押さえて」効率的に観るために、早送りやスキップを繰り返す「タイパの人」が多いと聞きます。もしかしたら、それがこのドラマの評価が分かれた理由のひとつなのかもしれません。



ところでこのコラム、ちゃんと「回収」されていますでしょうか。

About 奥山 典昭1960年東京生まれ。 関西大学法学部(体育会ラグビー部)卒業。 5年間の香港駐在や人事コンサルティング会社勤務などを経て、1999年に今の会社を設立。 心の成熟や健全な価値観が生産性の高い仕事に直結することに着目し、人の表層的な言動ではなく心の状態を映す無意識的な行動のみに向き合う人材アセスメントを推進して、大小約200社の逸材発掘やリスクマネジメントを支援する。 2012年には、「仕事ができる人特有の集約的仕事力」や「入社後問題を起こす人に多く見られる行動群」などに視点を絞る、独自性の高い採用アセスメントをリリース。モンスター社員に悩む多くの経営者に受け入れられて、「プチブレイク」を果たした。 創業以来アセスメントしたビジネスパーソンと大学生は、3万人に達しようとしている。 近年は、採用アセスメントを顧客各社において内製化させる仕事が増え、若い人たちに「人を見極める技術」を伝える日々を楽しんでいる。

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