ご相談&処方箋

ご相談&処方箋
それぞれについての解説コラムを「代表ブログ」に連日up!


ご相談: 零細企業なので優秀な社員がいません。仕方が無いとは思うのですが。

優秀な社員がいないことを痛感する日々です。皆、何をやらせてもぱっとしないので、日々彼ら彼女たちと接していて悲しくなります。当社のような創業間もない零細企業はこのレベルの社員で我慢しなくてはいけないのだと自分に言い聞かせてはいますが、毎日社員たちの仕事のやり方を見ていると今後が不安です。大企業並みとは言わないまでももう少し優秀な社員を入れていかなくてはまずいと思ってはいるのですが、無理な願いでしょうか。

処方箋: 大きい会社よりも優秀な社員を持つことが、小規模企業を経営する上での前提になります。

優秀な人とは自力で考え自力で動ける人のことであり、そこに必要なのは学力ではなく思考力です。大企業と違って小さい会社では入社早々思考力が求められるので、小さい会社は優秀な人がいないと成り立ちません。世の中の関心は概して学力の高い人に向かうので、小さい会社が社内を優秀な人で埋めていくことは十分可能です。「小さい会社ほど優秀な社員を必要とする」という原理を腹に落とせない経営者は、社員の質へのこだわりが薄くなります。そんな経営者の「優秀な社員がいない」という言い分を、にわかに信用することはできません。

ご相談: 夢中で会社を大きくして来ましたが、最近、社内に管理職候補がいないことに気がつきました。

創業後独自の技術を磨き続け、それに伴い顧客も増えて、順調に経営規模を拡大してきました。業容拡大に伴って社員を三十名にまで増やしましたが、気が付けば「私以外はみんな作業者」という構造になっていました。そろそろ私の下にマネジメントができる人間を置いて「組織」を作りたいと考えるのですが、今の社員の中で管理職が務まるような人間がいるとはとても思えません。とりあえず中途採用で管理職経験者を入れるしかないのでしょうか。

処方箋: 安易な中途採用に走る前に、現場を支える静かな逸材に光を当ててみませんか。

「実績が少ない」「経験知が少ない」「学歴が低い」「口下手」「目立たない」「地味」「不器用」「控え目」「何となくさえない」経営者が「こいつに管理職は無理だ」と考える時の根拠はこんな感じではないでしょうか。しかしこれらの「わかりやすいもの」と真の管理職適性とは、実は何の関係もありません。静かなマネジメント適材が人知れず社内に潜んでいたとしても、舞台を与えられなければ光を放つことはできません。今、日本中の作業現場で多くのマネジメント逸材が埋もれています。中途採用を考える前に、まずやるべきことがあります。

ご相談: 社内に自分の頭で考える社員が育たないのは、私の教育や指導がいけないのでしょうか。

当社には十数名の社員がいますが、彼ら彼女たちは作業を淡々とこなすだけで、自分の頭で何も考えようとしません。もちろん改善提案や課題形成など望むべくもありません。皆、一応私に従順ではあるのですが、自力で動こうとするエネルギーが全く感じられず、少し不気味でさえあります。私は、自分の頭で考える社員が喉から手が出るほど欲しくて高学歴のしっかりした人間を採用してきたつもりなのですが、私の教育や指導が悪いのでしょうか。

処方箋: 「思考力」は育てるものではなく、正しく必死に探すべきものです。

決められた手順や正解の無い未知の場において自力で動くためには思考力が必要です。一方、作業の遂行には学力が威力を発揮しますが、その力は未知領域に入ったとたん無力と化します。「自分の頭で考える社員が欲しい」と言いながら作業に必要な学力を採用基準とするスタンスは、矛盾に満ちています。また、社員の思考力不足は社会に出る前に確立されていた特性なので、会社の教育や指導を省みる必要などありません。自分の頭で考える社員は応募者と正しく向き合う採用によってのみ得られる財産であり、「育てる」ものではないのです。

ご相談: ある重要部門の課長に人望が全く無いことが判明。仕事はできるので異動させにくいのですが。

ある営業セクションを任せてきた課長が、実は部下に全く人望が無いことがわかってしまいました。ここ数か月で彼の部下が三名も立て続けに辞めてしまったのです。共通の退職理由は「あの課長とはこれ以上やっていけません」でした。三名は異口同音に上司のコミュニケーション能力や人間的魅力の欠如に言及したのです。仕事ができる彼にこれほど人望が無かったことがショックですが、年齢的にも経験的にも彼の代わりはいないので困っています

処方箋: 部下を殺す管理職への対処は待ったなし。「仕事ができるので」は、不見識だと思います。

「部下を潰すこと」は、管理職にまつわるリスクの中で最も重大なものの一つです。その部分には断固毅然として対処し、当該課長の職位や報酬については経営者の採用責任や任命責任との折り合いを付けて守ってあげるのが、最もスマートで合理的な処遇のスタンスだと考えます。具体的には、「部下はつけないで!」ということです。ちなみに人が人望を失う理由は、概ね利他性の欠如に集約されます。他者の利益や心情に向き合えない人に「仕事ができる」という評価は整合しません。会社はその人の仕事をあまり見ていないはずです。

ご相談: 会社の「パワハラ体質」を何とかしたいのですが、どんな手を打てばよいでしょうか。

パワハラの問題が頻発しています。ある部門の部長が事あることに怒鳴り散らすので部下が萎縮してしまい生産性が上がらないという問題が昨年露呈したのですが、それ以前から強圧的な部課長が多かったような気がします。最近ではある課長の執拗な個人攻撃に耐え兼ねた部下が鬱病を患い休職するという事件も発生しました。このパワハラ体質を何とかしたいのですが、どこから手を付けるべきでしょうか。研修などを実施した方がよいのでしょうか。

処方箋: パワハラの大半は「心の弱さ」に起因するので、パワハラ研修の効果は限定的です。

パワハラの原因は、「頭の悪さ」と「心の弱さ」です。「こんなこと言ったらまずいよね」とイメージする力や法令遵守の知識に欠ける「頭の問題」だけであればパワハラ防止研修が奏功する可能性もありますが、心の問題からパワハラに走らなくてはならない状況に追い込まれている人が、指導や教育によって簡単に変容するとは考えられません。パワハラという問題から会社を守る手段があるとすれば、社員の心の状態に向き合った上での処遇を徹底し、心が健全であることを管理職昇進への重要要件に位置づけることに尽きるでしょう。

ご相談: 気が付いたら社内が反会社的な言動を垂れ流すモンスターだらけになっていました。

気が付けば会社の空気が殺伐としたものになっていて困惑しています。会社への不満や不当な要求を口にする社員が増え、社内外に経営陣に対する誹謗中傷をまき散らしている輩もいるようです。規模も小さいし給与も良いとは言えない会社ですが、少し前までこんなことはありませんでした。社長の私が急に何かを変えたわけでもなく、こうなった原因がわかりません。このようなことは一般的によくあることなのでしょうか。解決策はあるものでしょうか。

処方箋: 心の弱い社員が黒く染めた組織は、精神的に自立した心の強い社員が白く戻してくれます。

精神的に自立しない人は他責の人となります。その傾向が特に強い人(ブラック)は、会社で思うようにいかないことがあると、全て会社のせいにして反会社的な言動に走ります。そしてブラックは、どっちつかずのグレーの人たちを次々と扇動し、組織を黒く塗りつぶしていくのです。この状況を打開するには、精神的に自立した人(ホワイト)を投入して、グレーを今度は白に裏返し、孤立したブラックを鎮静化して、組織の汚れを洗い落とすしかありません。精神的に自立した人を見極める目を養うには、それなりの意識改革が必要ですが。

ご相談: 課長手当等の処遇は悪くないのに、課長になりたがらない若手社員ばかりで困っています。

従業員約六百名の製造業です。かねてから作業者の時間外労働が多く、残業代が膨れ上がっていました。そんな中で、実入りが減ることを理由に管理職昇進を嫌がる若手社員が増えたことが問題となり、三年前に課長昇進へのモチベーション低下に歯止めをかけるべく課長手当が3万円から8万円へと増額された経緯があります。しかしながら未だに社内には「課長になんかなりたくないよ」という空気が蔓延しており、打つ手を失って困っています。

処方箋: 作業ばかりに忙殺されている課長と、そうさせている会社が、部下の士気を奪います。

お金の問題ではなく、若手の目に管理職が魅力的に映っていないのでしょう。課長が頭に汗をかいて部下の仕事とは次元の違うマネジメント業務に取り組んでいる姿を見せてこそ、「こんな風になりたい」と思う部下が出てくるのです。実務者時代と同質の作業に実務者時代以上の長時間にわたって忙殺されている課長を見せられ、そこへ行きたいと思う部下はいないでしょう。「課長はマネジメント領域で動きなさい」と会社が強く言い切らないと、殆どの課長が作業領域に逃げこんでしまい、魅力的な課長も若手のモチベーションも生まれません。

ご相談: 目標管理制度が機能しません。

三年前に目標管理制度を始めました。社員の納得性を高めたいという本来の目的以外に、管理職たちの組織マネジメントが機能しない現状を何とかしたいという思いもあっての制度導入でした。しかし三年経った今、効果が全く上がりません。期待した上司と部下のコミュケーションの緊密化は全く進まず、管理職の疲弊と部下たちのモチベーション低下ばかりが目立ちます。大金をかけて導入したこの制度を簡単に放棄することはできないのですが。

処方箋: 作業領域に閉じこもり日々時間に追われている管理職に対して、無茶振りが過ぎませんか。

課長職を実務職の延長と捉えて作業に追われていた人が、いきなり「評価管理」の仕事を与えられたら、「余計な仕事が増えた」と感じるのは当然です。余計な仕事に気合が入るはずもなく、現場仕事が忙しくて時間も無いでしょう。そもそもその人が実務経験のみを買われて課長になったのなら、部下の管理など無理です。管理職の能力や環境の整備がまだなのに、その人たちに大変な役割を投げるから、人事評価制度がうまくいかないのです。組織の問題解決をすぐ「制度」に求めるのは、虫歯の治療をしないまま金歯をかぶせるようなものです。

ご相談: 新卒で大量採用した社員が「四年目の壁」にぶち当たってしまうのは何故でしょうか。

従業員は二千人を超え、毎年百名前後を新卒採用しています。幸い新入社員が配属先で特に不評であったり早期離職が多かったりという問題はありません。ただ、最近職場から入る問題行動や機能不全の報告が入社四~五年目の社員に関するものに集まっていることが気になっています。入社四~五年と言えば初めて監督職に就く時期なのですが、そのタイミングで問題が一斉に露呈するというのは、当社の採用や導入教育に何か問題があるのではないでしょうか。

処方箋: 大企業のしくみに守られていた高学歴者が、初めて未知領域に放り出される時期だからです。

大企業には、関わる社員の質によって生産性が左右されないようにプロセスを標準化するためのしくみがあります。そのしくみは未知領域を消して作業領域を増やしてくれるため、大量採用された作業領域に強い高学歴者たちは、束の間の輝きを見せます。しかしいくら大企業の社員でも、主任などの監督職に任命されるようになるとマネジメント領域を避けられません。思考力の足りない高学歴者は、そこで頼るものを失って動きがおかしくなります。殆どの大企業が抱える構造的問題であり、思考力に向き合わない採用に起因します。

ご相談: 古い体質の会社ですが、女性の管理職登用をうまく進めるにはどうすればよいでしょう。

ダイバーシティーが叫ばれる昨今であり、当社でも女性の管理職登用を積極的に考えたいと考え始めています。しかし、当社の現状として女性社員は一般職や事務職に限定されており、管理職どころか監督職に女性社員を就かせた実績もありません。古い価値観に縛られた中高年の男性社員が多く、まだ当社には女性の管理職を受け入れる文化や土壌が無いような気がします。女性の活躍の場を軋轢無く社内に広げていくためにはどうすればよいでしょうか。

処方箋: 社員のマネジメント適性に普通に向き合えば、普通に女性が浮上します。

「登用」などと構えなくても、社員のマネジメント適性に普通に向き合えば、普通に女性が浮上します。例えば思考力の起点となる「情報に対する感性」の面で、一般的に男性は女性にかないません。「女性は感覚的なだけ」「女性はマネジメントに不向き」と女性社員を作業領域に封じ込めたがる男たちには、女性の優位性の露呈を恐れる潜在的防衛意識がちらつきます。昨今、女性社員比率の高い会社が「ダイバーシティ企業」などと称賛されていますが、合理的に損得勘定できる経営者が優秀な人を集めた結果そうなっただけではないでしょうか。

ご相談: 小さい会社に優秀な学生は回ってこないのだと痛感し、新卒採用を続けるべきか迷っています。

数年前に新卒採用を始めましたが、無名の零細企業なのでもちろん「いい大学」の学生は応募してくれず、また内定を出した学生から辞退されることも多く、秋も深まった頃まで残った学生を何とか拾っている状況です。妥協が良い結果を生むはずもなく、配属職場の評価も概ね厳しいです。優秀な学生は大手の有名企業がさらっていってしまい我々には回ってこないのだという現実を思い知らされ、それでも新卒採用を継続すべきか否か迷っています。

処方箋: 夏から秋の新卒採用市場は、大企業が残していったノーブランドの静かな逸材で溢れています。

大半の大企業が高学歴の学生を好んで採用します。でもその中には、大企業ではとりあえず何とかなっても小さい会社ではまず機能しない「思考しない人」が大量に含まれます。「大企業が早々に優秀な学生をさらっていく」などと言われますが、残念ながら大企業の人事にそこまでの慧眼はありません。夏から秋にかけての新卒採用市場には、大企業がスルーした「ノーブランドの静かな逸材たち」がたくさん残っています。「残った学生」を採用して失敗した(?)要因は、採用市場の質ではなく、採用のやり方の問題に過ぎないと思います。

ご相談: 新卒採用を始めたいのですが、うちはまだそんな会社ではないような気もして迷っています。

これまでは中途採用で社員を増やしてきましたが、組織を安定的に発展させていくために、創業以来の念願だった新卒採用をそろそろ始めたいと思っています。ただ、当社のような小さな会社に学生が 応募してくれるのか、採用した人たちをきちんと教育できるのだろうか、などと考え始めると、「当社は新卒採用を実施するにふさわしい会社なのだろうか」と弱気になってしまいます。一般的に新卒採用を始めるべき時期や要件というものはあるのでしょうか。

処方箋: 世の中の価値観やしくみが変わった今、もはや新卒採用への壁などまったくありません。

「新卒採用できること」がステイタスだった時代は確かにありました。でも、世の中の価値観やしくみの変化によって零細企業でも選考母集団を集めることができるようになり、形ばかりの教育システムを整備すれば社員が育つわけでもないことを多くの人が知るようになった今、初めての社員を新卒から採用する会社も少なくありません。「忙しくて新卒採用者が育つまで待っていられない」との声をよく聞きますが、よほどの高度専門分野でなければ「仕事頭の良い新卒一年目」は、「仕事頭の悪い大ベテラン」を二年でいとも簡単に抜き去ります。

ご相談: モンスター社員を絶対採らないで済む採用方法はありますか。

恐ろしく自己中心的で時に破壊的な攻撃性を見せるモンスター社員が少し前まで在籍していました。関係者のメンタルを痛めつけ続けたその人は先月やっと辞めてくれたのですが、会社にはいくつかの深刻な後遺症が残りました。その一つが採用恐怖症です。今すぐ何人かを採用しなくてはならないのですが、あんな人間がまた入ってくるかもしれないと思うと怖くて採用活動を始められません。絶対にモンスター社員の侵入を防ぐ採用方法を知りたいです。

処方箋: モンスター化の原因となる「心の問題」を、採用選考で見抜く方法があります。

満たされない承認欲求や自己顕示欲と理性とが折り合わなくなると、溢れ出した負のエネルギーが不条理な攻撃性を生むことがありますが、これがモンスター社員誕生のメカニズムです。こうなってしまう人の心の中は強い自己執着に支配されていることがほとんどで、あるべき自分に至らないことへの劣等感やそれを人に知られてしまうことへの不安感から常に心が落ち着きません。採用選考の際に時間をかけて応募者の行動を分析することにより、その人がその状態に陥っていないかをある程度見極めることができます。

ご相談: ハイスペック人材を激選しているのに中途採用が失敗続きです。なぜなのでしょうか。

中途採用の失敗が続いています。管理職や中堅の技術者を中心にこの三年間で二十名以上を採用しましたが、三分の二は既に退職しました。残った社員も概ね生産性が低く、できれば辞めてもらいたい人が殆どです。当社が求める経歴を持つ大手企業の出身者を激選して採用してきたつもりなのですが、なぜか職場にマッチしません。それでも現場の人手不足感は常態化していて採用は続けなくてはならないのですが、状況改善への手立てはあるのでしょうか。

処方箋: 美しい経歴に目が眩み、その経験を活かす力(思考力)を無視するからです。

多くの中小企業が、豊富な経験知の持ち込みを期待して大企業に長く在籍した人を欲しがります。ところが三顧の礼で招いたハイスペック人材の多くが、新天地では機能しません。大企業で用意された知識を覚え運用する力があっても、その知識を転職先の新たな情報と統合させて新たな価値を創造する力を持たないからです。中途採用だからとぴったりの経験を求めても、多分その殆どが活かされません。スペックを緩めて選考対象を広げ、未知領域での対応力(思考力)の高い人を探す採用に舵を切らないと、きっと同じことが繰り返されます。

ご相談: 長年採用活動の精神的支柱だった「体育会信仰」が揺らぎ始めています。

十年前に新卒採用を始めて以来、体育会で四年間頑張った人を中心に採用するようにしてきました。営業会社である当社の絶対的採用基準は「忍耐強い人」「礼儀正しい人」なので、彼ら彼女たちを確保しておけばまず大丈夫と信じて疑いませんでした。ところが最近採用した体育会出身者の社内での評判が芳しくありません。「粘り強い」はずなのに早期離職者も普通に出ています。長年採用活動の精神的支柱だった体育会信仰が揺らぎ始めています。

処方箋: その経験自体と入社後の優位性とには、何の因果関係もありません。

「体育会所属」「留学経験あり」は、長年採用担当者のテンションを高める二大要因だったのですが、最近はそうでもないようです。優秀な人の含有率が一般学生と変わらないことに多くの人が気付いたからでしょう。その経験自体よりもそこで何を考えどう過ごしたかという個々の生き様が問われるのであって、その経験に漏れなくついてくる能力的優位性などあり得ないのです。ちなみに最近の体育会では、無理や無駄を排した合理性が重視されます。不条理への耐性を期待しての体育会信仰だとしたら、ターゲットはもうそこにはいません。

ご相談: 真面目な社員ばかりで面白みが無いので、今後は、「尖がった人」も採用していきたいです!

当社の社員は概ね真面目です。何事にも粘り強く地道に取り組む責任感の強い人が多く、やるべきことを途中で投げ出したり約束を守らなかったりする者は見当たらないので、安心して仕事を任せることができます。ただ、真面目は真面目なのですが、クリエイティブに動く人がいないのでいまひとつ面白みに欠けるのです。これからは少し尖がった人を採用していきたいと思うのですが、そんな人を採用しようとする際の注意点を教えてください。

処方箋: 採用に格好つけるのはやめて、「真面目」の意味と意義を真面目に見直してください。

「尖がった人を採りたい」と口にする経営者が多いことに驚きます。創造的で個性的な人に興味を持つ気持ちはわかりますが、「荒馬を乗りこなす道を敢えて選択する自分」に酔って採用選考に臨む人は、応募者が発散的に垂れ流す言動を、「クリエイティブだ」などと評しがちです。そして採用後、その人の本質である自己中心的な言動や規律性の低さに悩まされることになるのです。採用にナルシズムを持ち込むと必ず裏目に出ます。組織人としての前提や役割の上で動ける真面目な人を真面目に求め続ければ、その先に本物の創造者も現れます。

ご相談: 会社と応募者双方の負担軽減に向けて、採用選考プロセスの簡略化を検討しています。

業容拡大につき、中途・新卒ともに精力的に採用活動を行っています。そのため、質の高い採用選考にこだわると、採用にかかる人的コストとの折り合いがつきにくくなって悩んでいます。人材会社などによると「何度も選考に呼ばれる会社は応募者から敬遠される」とのことで、選考プロセスの簡略化が企業側のみならず応募者の負担軽減にも繋がるなら検討の余地はあるのではと考え始めました。その方向性に客観的合理性は認められるのでしょうか。

処方箋: リスクマネジメントの命綱である行動分析の貴重な機会を、安易に手放すべきではありません。

採ってはいけない人を採ってしまうリスクを極小化し、採るべき人を採れる可能性を高めたいなら、応募者の言ったことや書いたものを鵜呑みにせずに、応募者の多様な行動に触れた上で行動特性を知ろうとする取組みに汗をかくべきです。応募者の行動と接する機会を面接以外にも極力増やさないと、なかなか実りある採用はかないません。本当に大切なものを理解する会社なら、微視的なコスト意識に振り回されることはないはずです。「選考回数を減らせ」と言うのは簡単ですが、人材会社が採用ミスの責任を取ってくれるわけではありません。

ご相談: 「新卒採用では求める人物像を明確にするべし」を実践したのですがうまくいきません。

「新卒採用で大切なことは求める人物像を明確にすること」と採用セミナーで教えられ、当社でも経営会議で当社独自の採用基準となる人物要件を決定してから新卒採用に臨むようにしました。実際に求める人物像を思い描いて応募者と向き合うと、あまりに多くの応募者が求める人物像に重なるので誰を選べばよいのか迷いました。ところが採用した人達は当社が求める人物とはかけ離れた人ばかりでした。採用選考のどこに問題があったのでしょうか。

処方箋: 求める人物像に執着すると、応募者の行動が「求めるもの」に見えやすくなってしまいます。

採用側は「採用したい」と願って前のめりに採用選考に臨むので、ともすれば応募者が発したたった一つの情報から「優秀だ」と思いこんだりします。限られた情報から拙速的にストーリーを作ってしまうことを論理誤差と言い、採用ミスの多くがこの心の暴走から生まれます。求める人物像を携えると心の中で採用基準への信頼が強化され、自分の論理に情報を巻き込む力が更に増して論理誤差のリスクが高まりがちになります。理想を追い求める期待に満ちた採用は楽しいですが、冷徹なリスクマネジメントの先にこそ本当の喜びがあります。

ご相談: 応募者の美しい言動に惑わされずその本質を見極めるには、どう頑張ればよいのでしょうか。

中途・新卒とも採用ミスが多く、最近自分の「人を観る目の無さ」に嫌気がさしています。採用面接には毎回十分に時間をかけた上で内定を出しているのですが、入社後のその人たちは皆、私が面接で観たのとは別人になってしまうのです。結局私は応募者の採用面接用の美しい言動に懲りずに騙されているわけで、本当に情けないです。虚飾に惑わされずに人の本質を見抜けるようになるためには、どんなことに気をつけ、どんな訓練をすればよいのでしょうか。

処方箋: 応募者が見せたがっている意識的行動を視線から外して無意識行動を拾う訓練が必要です。

作業領域にしか通用しない「見えやすい能力」に採用面接で目を奪われてしまうと、より重要な「見えにくい能力」の欠如が入社後に露呈して苦しむことになります。応募者の肝心な能力情報が集まりにくい採用面接の場は、そもそも人の能力に向き合うのに適した場ではないのですが、それでも、応募者の見せたがっている意識的行動から視線を外し、非言語情報を中心とする応募者の無意識的行動を徹底的に拾って傾向化できれば、「見えにくい能力」のしっぽくらいは掴めるかもしれません。

ご相談: 採用選考時に応募者の思考力を知ることは、果たして可能なのでしょうか。

シンクタンクである当社が何より重視する新卒採用基準は「思考力」です。それが学力とは異なることもよくわかっているので、いわゆる学歴フィルターを一切排した上で思考力の高い学生を探す努力を続けてきたのですが、結局内定者リストには難関大学の学生が並ぶことになってしまいます。そして残念ながらその人たちの思考力不足が早々に露呈するケースが増えているのです。採用選考時に応募者の思考力を知ることは、果たして可能なのでしょうか。

処方箋: 行動分析で思考停止の原因となる心の歪みが否定されれば、思考できる人と推察されます。

応募者が書いたものや話したことが理論的に思えても、それは思考力でなく学力によって作られた可能性が大です。だから思考力を欲しがる採用者が、応募者の美しい発信を喜んでいるうちは、きっと受験勝者ばかりに光を当てることになり、本物は浮かび上がらないでしょう。今、世の中は「思考できない人」で溢れていますが、心の状態や価値観の問題から思考停止になっている人特有の行動を知った上で応募者の行動を観察すると、多くの「思考できない人」が見事に浮かび上がります。残った数少ない人たちこそが、静かな思考人です。