小さな会社の採用革命=50の新常識= ④ 採用した人が辞めてしまうのを、過剰に恐れる必要はない。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ④ 採用した人が辞めてしまうのを、過剰に恐れる必要はない。

離職率が会社の健全性を占める尺度に

経営者にとって、採用した人に辞められてしまうのは辛いことです。特に、入社後三年も経たないうちに早期離職されてしまった日には、「やっと仕事を覚えてもらったところなのに」「まだ何の成果もだしてもらっていないのに」などという恨み節の一つも出ようかというものです。社員の離職が経営者の心を多少なりとも傷つけることは、間違いありません。離職した社員によって自分の会社や自分が否定されたように感じてしまう経営者も少なくないようです。そんな中で多くの経営者が、採用の成果を早期離職の有無で測ろうとするようになってしまいます。採用がうまくいったのか否かの尺度を離職率に求めてしまうのです。

 

例えば、新卒採用の就活サイトでは、掲載各社のここ数年の年代別離職率が明記されています。社会全体が会社の「健全度」を示す数少ない指標として離職率を取り上げているようです。確かに「人が辞めたらまた採ればいい」と考えているような本当のブラック企業の被害から応募者を守るためにこのような情報が提供されることには意義がありますが、ここではそのようなブラック企業は論外として話を進めます。

 

社員の早期離職をそれほどネガティブに捉える必要はない

私は、社員が早期に辞めてしまうことをそれほどネガティブに捉える必要は無いと思います。また、採用した人が辞めてしまったからその採用を「失敗だった」と否定するのも、少し違うと思います。採用選考でいくら頑張って見極めても、そしてその人が本当に優秀であっても、会社が求めるものと自分の意向や価値観が異なれば、優秀な人ほど潔く会社を離れます。会社に落ち度があったのなら反省しなくてはいけませんが、会社ができるだけのことをやって、その結果そうなってしまったのであれば、それは仕方がないことです。そこで経営者が過剰にネガティブになって、その後の採用に向けて弱気になったりしたら、それこそが大きな問題です。

 

社員の離職率や定着率など、一部の例外を除いては結果論に過ぎません。例えば会社や上司との相性のように、いかんともしがたい要因がたくさんあり、言ってみれば運任せです。今は昔のように経営者が社員に対して「会社愛を共有しよう」とか「社員は家族」などとウェットな人間関係を求めてよい時代ではありません。そのようなものを求めて目をかけた社員に一生懸命多くのものを与えようとする経営者は、その社員が辞めてしまうと、「あんなにお金をかけたのに」「あんなに教えてやったのに」などという格好悪い愚痴を口にする羽目になります。そもそも労使関係は、経営者と社員の微妙な利害バランスの上に成り立っているものであり、そのバランスが少しでも崩れたら、今時の若い人は悪気無く離職を選択します。それが当たり前なのだと腹に落とし、求め過ぎず与え過ぎず、やるべきことをきちんとやって、定着率や離職率などあまり気にせずに粛々と誠実に採用を重ねていくのが、格好の良い経営者の在り様だと思います。

 

こんな会社は例外です

しかし、離職率の高さを深刻に捉えなくてはいけない例外的な会社もあります。「やるべきこと」をやらずに採用に臨む会社です。では「やるべきこと」とは何なのでしょうか。その最たるものは、「職場の人的環境整備」です。つまり、人を採用するなら、その人と密接に関係する社員のレベルを必要最低限のところまでは引き上げておきなさい、ということです。会社に入って間もない若手社員が会社を辞める時、誰もがいろいろな理由を口にしますが、実はほとんどの人が「直属の上司が嫌で」辞めるようです。会社を辞めるということは誰にとってもそれなりにしんどいことであり、かなりエネルギーも使うので、会社に不安や不満があっても何とかその日その日をやり過ごして会社に留まることはできます。でも、いつも一番近いところにいて一番影響を受ける上司を強く嫌悪するようになってしまったら、もう逃げ場がありません。

 

マネジメント能力に欠け問題行動も多い管理職や監督職の下に新入社員を配属してしまったら、その時点でその新入社員の早期離職に向けたカウントダウンが始まります。マネジメント職に置いてはいけないような人間を平気で管理職や監督職に置くような会社は、いくら経営者が労務管理の健全化を目指して「ホワイト企業」を気取ろうとも、常に離職者が後を絶たない状態になるはずです。そうなってしまうと、定着率は結果論ではなくなり、その会社の本質を示すようになります。人を迎えるにあたってマネジメントの環境を整備できないような「やるべきことをやらない」経営者に限っては、自社の惨状を重く捉えるべきであり、もちろん新しく人を採用することなど考えるべきではありません。その前にやることがたくさんあるはずです。

 

早期離職よりずっと恐ろしいこと

ところで、採用選考で応募者の本質を見極めることができれば、早期離職者を劇的に抑えることはできなくても、問題行動を起こすリスクのある人の侵入を防ぐことはできます。採用選考で応募者の見極めに時間と手間をかける最大の意義はそこにあります。前述のように、心が健全で思考力の高い優秀な人でも、「この会社は自分に合わない」「この会社では自分が成長できない」と思えば、自分が会社に貢献できなかったことを自己責任と捉えて、静かにきれいに辞めていきます。反対に精神的に未熟で思考できない人の中には、自分の思うようにいかないことがあるたびにそれを会社や他人のせいにしては様々な問題行動を繰り返し、それでもだらだらと会社に居座る人が少なくありません。「辞める人」よりこのような人を怖いと考えるのが採用選考の本質なのではないでしょうか。会社にとって最悪なのは、人が辞めることではなく、問題社員にしがみつかれることです。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

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