人の心に向き合い、自分の心を守る その1「パワハラ上司」

人の心に向き合い、自分の心を守る その1「パワハラ上司」

先日、あるクライアントさんで社内アセッサーを務めている女性からこんなことを言われました。「私、アセスメントを教えていただいてから、生きるのが楽になりました」

 

真面目で思慮深い優秀な人なのですが、ご本人曰く「ずっと自己肯定感が薄かった」方のようで、人に不条理なことをされたり言われたりすると「きっと私に問題があるんだ」と自分を責めてしまうことが多かったそうです。でも、アセスメントを学ぶうち、自分に嫌な行動をとる人は心の中に多かれ少なかれ闇を抱えていることを理解できるようになったとのこと。「自己否定に走ることが、少なくなりました」と笑う彼女の表情は、間違いなく以前より開放的になりました。

 

 

嫌な行動や気になる言動に接すると、誰でも心がざわつきます。「馬鹿にされた」「舐められた」「否定された」などと感じることもあるでしょう。でもそのような言動を見せる人の心のベクトルは、外ではなく内に向いていることがほとんどです。「自分の心を守るため」「自分の欲求を満たすため」に自分の殻の中で動いているだけで、もしかしたら、相手や周囲への意識は驚くほど薄いのかもしれません。

 

その人に「嫌な行動」を取らせている心のメカニズムを理解した人は、自己肯定感を高めることでその人の言動から自分の心を守ることができ、「罪を憎んで人を憎まず」のような心境にもなるでしょう。人の行動の正体を知ることで、私たちは自分にも人にも優しくなれます。

 

 

今回からは、そんな「嫌な行動」の正体をいくつかご紹介していきたいと思います。

第一回の「罪人」は「パワハラ上司」です。

 

 

毎日毎日、嫌な上司から事あるごとに怒鳴られたり嫌味を言われたりしていると、「自分はダメな人間なんだ」と思い込むようになり、精神的に参ってきます。その上司への恐怖心と嫌悪感がどんどん増していくにつれて心が萎縮し、自己肯定感が失われ、その結果、仕事の質も低下するという悪循環に嵌ってしまう人も少なくありません。そんな状況に陥ってしまった人にとって、その上司は怪物のように強大な存在になっているはずです。

 

しかし、そんな上司は決して強くも大きくもありません。いつも不安や恐怖に怯えている弱くて小さい人なのです。そのことに気が付けば、きっと少しは気分が楽になるでしょう。「弱い犬が吠えているのだ」と思えば、頭に来たり鬱陶しいと思ったりすることはあっても、自信を無くしたり自己否定する必要は無くなると思います。

 

気持ちが弱く自分に自信が無い人は、「自分がどう見られているか」を気にします。そしてそのような人の中には、自分を強く大きく賢く見せることへの執着がとても強い人がいます。そんな人が管理職になると、当然、周囲から強く大きな存在として認められることが目的になるのですが、反面、その人はマネジメントにも部下と向き合うことにも自信を持てず、不安でいっぱいです。

 

自分の弱さや未熟さを部下に覗かれることを死ぬほど恐れるその人は、高圧的な攻撃によって部下と真正面から向き合うことを徹底的に避けようとするのです。「お前、俺に近寄るな!」と人払いをしているようなものです。また、自分に自信を持てない人は依存体質の持ち主なので、ポジションパワーを最大限に借りて相手を支配しようとします。これがパワハラ上司の正体です。

 

誰に何を言われたわけでもないのに「部下に舐められてはいけない」「弱みを見せたくない」という気持ちがパンパンに膨らんでしまっている人は、勝手に自分の中で妄想を膨らませています。そんな風に自分の殻に閉じこもっている人の心のベクトルが、相手や周囲に向くはずがありません。部下をいじめるパワハラ上司は、自分の心を保つためにそうせざるを得ない状況に追い込まれているだけです。行動は部下に向かっていますが、心は部下に向かっていません。部下にそれほど敵意や悪意を抱いているわけではないことがほとんどです。

 

そんな人の自己満足に付き合って自分を壊してしまうのは、とても馬鹿げたことですよね。パワハラ上司の下で仕事をするのは辛く大変なことですが、相手の行動が不安や恐怖に支配されていることを知ることで、少しは精神的な余裕が生まれるのではないでしょうか。それは、自分の尊厳を守るために、とても大切なことだと思います。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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