対人スキル

十五年前にラグビーの試合で酷い捻挫をしたのがもとで、左足の距骨(足の甲の奥にある骨)が壊死してしまいました。確実に治せる治療法が無くてテーピングなどでしのいできたのですが、二年前くらいから朝起きると「今日は痛くて歩けない」と感じる日が増えてきて、さすがにやばいと思い始めました。ちょうどその頃、人口距骨置換術という画期的な手術の症例数が増えつつあることを知り、その道の権威と言われている専門医を探し出して、話を聞きに行ったその日に手術を受けることを決めました。

 

新しい術式ということは術後十年後二十年後のデータがほとんど無いわけで、私は先駆者(実験台?)の一人ということになります。でもそんな不安より「この痛みから解放される」ことへの期待の方がはるかに大きく、「やらない」という選択肢はありませんでした。既に私のあごの骨には何本ものインプラントが埋められているので、身体の中に異物を入れることへの抵抗もあまりありませんでした。

 

昨年の十一月に手術を受け、退院後は約二ヵ月の松葉杖生活を余儀なくされました。「足が痛い」と外に出るのを嫌がるお年寄りの気持ちがよくわかりました。電車に乗るといつも席を譲ってもらいました。本当に有難かった。都心の駅でもエレベーターやエスカレーターが無かったり少なかったりすることが多く、東京という町が障害のある人にあまり優しくないことを知りました。

 

手術から一年経った今、私の左足は何事もなかったかのように快調です。京セラ製の人口骨は、うまく私の足の一部になってくれたようです。

 

 

 

というわけで、長年悩まされた左足の痛みからは解放されたのですが、今度は右足に問題が発生しました。手術の後、左足をかばって不自然な動きを繰り返したことと、三か月ほど仕事に行く時以外はほとんど家のソファで楽な格好をしていたことで、右足が固まってしまい痛くて動かせなくなってしまったのです。何とか歩くことはできても座ったりしゃがんだりできないその状態はまさしく「老化」そのもので、かなり焦りました。慌てて緊急事態宣言の中、人がいない夜中に散歩をしてリハビリに励んだりしました。しかし効果は限定的だったので、「プロの力を借りよう」と思い、近所の整骨院に通う日々が始まりました。

 

そこで治療を受け始め、身体を整えてもらっているうちに、人間の身体にとっていかにバランスが大切であるのかを身をもって学びました。人間の身体のつくりがいかに精緻で、微妙なバランスの上に成り立っているのかをあらためて知りました。そのバランスが少しでも崩れると、身体のあちこちに次々と歪みが出るのですね。「還暦」ともなると、時に人に手伝ってもらってでも身体を「整える」ことが求められるのだなと、これまで自分の身体にあまり優しくなかった自分を省みました。先生の神の手のおかげで、私の右足は軽いランニングやゴルフができるようになるまで回復しました。やっと両足の機能が釣り合うようになりました。

 

 

 

 

そして私は、今も週に何度かはその整骨院にお世話になっています。昨日も行ってきました。コロナ禍でも患者さんが絶えないその整骨院は、先生が一人で取り回しているので、毎回機械による電気治療などを受けながら先生の手技による治療を待つことになります。その間、カーテンの向こうで治療(マッサージ)を受ける患者さんと先生の会話が丸聞こえなのですが、私が凄いと思うのは、この先生の話術と知識です。私の通院回数はもう三十回を超えていますが、先生との会話が盛り上がっていなかった患者さんは今まで一人もいません。無理に話しているような人もおらず、患者さんの方から積極的に話しているケースがほとんどです。会話は七割方患者さんの発信です。先生が「聴き上手」ということなのでしょう。患者さんは中学生からかなりのお年寄りまで多様なのですが、先生の話題の引き出しは無限です。

 

私は、腰や膝にびりびりと低周波電流を受けながら、二人の会話を子守唄代わりにしてうとうとするのが好きなのですが、時々患者さんの話が耳障りになって目が覚めてしまうことがあります。声が大きいとか話し方ががさつだとか、そんな理由ではなく、患者さんが相手(先生)に興味を持たずに自分の言いたいことを発散している時に、私の不快感は強まります。先生が何を言いたいのか、先生が何を感じて何を考えているのかにまったく興味が無い患者さんは、先生の話を頭に入れることなく「次に何を言おうか」だけに執心しているようです。隣で聴いていてこんなに嫌な感じがするのですから、先生はさぞかし大変な思いをされているのでは・・・ いやいや気のいい方だからそんなことは感じないのか、あるいは慣れてしまっているのか。。。そんなことを考え始めると眠れなくなってしまいます。

 

 

私たちのアセスメントでも人に(相手に)興味を持たない被験者には厳しい評価が下されます。集団場面や対人場面で、対象(周囲や相手)にまったく興味を持たずに、発信することだけを目的として動く人は少なくありません。そのような人は自分の利害にしか興味が無いので、自分を褒めてくれる人を好み、自分に厳しいことをいう人を忌み嫌い、それ以外の人には興味を持たないのです。「矢継ぎ早にたくさん話す人は、伝えたいことがたくさんあるからじゃないの」という超性善説的な見解を耳にすることがありますが、本当に「伝えたい」人は、相手の利益のために「伝えたい」と考えます。そんな人は、自分の話を聞く相手の意識や感情に興味があるので、相手を感じる余地を作るために自分の発信は抑制的になるはずです。喋りまくる人は、「伝えたい」わけではなく、喋りたいだけです。対人スキルとは、「相手に興味を持つことのできる力」に他なりません。

 

 

私が先生の施術を受ける番になると、私は先生を質問攻めにします。「聴く力」とか「対人スキル」とかいうことではなく、私には、整形外科領域の医療について教えて欲しいことが山ほどあるので、時間を惜しんで質問してしまいます。先生は他の人に対するのと同じように、穏やかに柔らかく語ってくれます。でも気のせいか先生の声は、他の人に対する時よりも少し大きく熱っぽいように感じたりもします。毎回、先生と私の発信比率は九対一くらいになります。

 

いつも、下肢を軽くしてもらった爽快感とともに帰途に着きます。いろんなことをたくさん教えてもらって得したな、という満足感も混ざります。知りたいことがある時はもちろん、伝えたい気持ちが強い時でも、その相手から情報をもらうことは、心持ちひとつでいくらでもできます。そして情報をたくさんもらった方が絶対に得です。「対人スキル」などと構えず、シンプルにそして合理的に損得で考えるのもありかもしれませんね。

 

 

 

 

昨日、整骨院の帰りに大田黒公園に寄りました。最近、紅葉のライトアップで人気が出ているところです。今年から「コロナ禍での見物客抑制のため?」に入場料を300円取るようになりましたが、今年は去年より人が多いそうです。有料になって価値を感じる人が増えたのでしょうか ^^;

 

想像していたよりはるかに素晴らしくて驚きました。水面に映るもみじが何とも幻想的です。家の近所にこんな素敵なところがあるなんて、何だか誇らしくなりました。

 

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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