╂ 処方箋の解説 ⓲ ┛ 求める人物像について

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「新卒採用では求める人物像を明確にするべし」を実践したのですがうまくいきません。

求める人物像に執着すると、応募者の行動が「求めるもの」に見えやすくなってしまいます。

 

 

 

「求める人物像」を過度に追い求めると、論理誤差を生みます

人を採用しようとする時に、求める人物像をはっきりさせること自体には意義があると思います。でも、応募者を観察する際に、応募者の行動を「その人物像にあてはまる行動か否か」という視点で追いかけ過ぎると、採用ミスを招きやすくなります。採用側は基本的に「採用したい」という強い思いを持って選考に臨むので、応募者の行動が求める人物像の行動に見えてしまうことが多くなるからです。

 

例えば、求める人物像を「リーダーシップのある人」と定めた会社の経営者が、グループワークである応募者がその場を仕切り始めるのを目にしたなら、その応募者がリーダーシップの持ち主に見えてしまうでしょう。そしてその応募者がその後に見せる行動は、おしなべてリーダーシップ溢れる行動に見えてしまうはずです。

 

アセスメントのグループ討議では、場を仕切りたがる応募者の大半が、「自己顕示欲」「承認欲求」「自己充足欲」といった自分の欲望を満たすためにそうします。「場を仕切る」という一つの行動に触れたことでその応募者を会社が求める人材と判断し採用してしまったとしたら、その経営者は、その後真のリーダーシップとは真逆の特性を持つ新入社員に悩まされることになってしまいます。

 

視野に捉えた限られた情報を自分勝手なストーリーに仕立て上げることを論理誤差と言いますが、求める人物像を過度に追い求める採用選考は論理誤差を強化しかねません。

 

「求める人物像」は、網羅的で汎用的でなければいけない

それにしても、会社に「リーダーシップのある人」を採れと言われて採用選考に臨む採用関係者は大変だなあと思います。前述のように、見る人によってはリーダーシップに見えてしまうような行動はいくらでもあるのだし、百人いればイメージされるリーダーシップは百通りになりかねません。

 

企業の新卒採用ページを眺めていると、「チャレンジ精神のある人」とか「コミュニケーション能力のある人」など、「リーダーシップ」と同様に採用選考の現場で頑張る人が困ってしまいそうな「求める人材像」が並びます。これらは、採用に関わる人の間で同じものが共有されにくいという問題もありますが、網羅性の問題もあります。必要な要件が過不足無くカバーされているかということです。

 

前述のような「求める人物像」は、経営者の志向が反映されていることが多く、それを前面に出すことはとても良いことだと思いますが、これから人を採用しようとする会社が求める人物像を定めるなら、それはその会社が求めるものを概括的に含んでいなければなりません。最も欲しいものに絞るのではなく、全てのものをカバーするような要件でなければいけないのです。最も欲しいものをいくつか並べてカバーする範囲を広げようとする意図が見られる会社もありますが、そのやり方だと、つぎはぎの間から水が漏れます。

 

新卒採用の際に定める「求める人物像」は、「仕事の場で生産性の高い人は、必ずその要件を備えている」「その要件が欠けている人は、組織で問題行動や機能不全に陥りやすい」と言えるような集約的なものである必要があります。それは業種や職種や年齢層を問わずいかなる社員にも求められるものでなければなりません。そうなってくると定めるべき人物像は、極めて汎用的なものになるはずで、会社によって独自のものが必要かどうかも疑わしくなってきます。

 

採用アセスメントが求める人物像

私たちの採用アセスメントが求める人物像は、「未知の領域でも自分の頭で考え自分で動ける人(思考力)」「利己的な欲望を制御し、他者の利益や心情に寄り添って動ける人(人のために動く力)」です。これは、どんな会社の採用を支援する場合でも変わりません。「思考力」と「人のために動く力」という二つの要件には、経営者なら必ず従業員に求めるものが集約されています。この二つの要件を併せ持つ人なら、どんな会社でどんな仕事をしても大抵大丈夫だと思います。逆に言えば、この二つの要件に問題がある従業員は、どんな会社においても必ずと言っていいほど「困った社員」になります。

 

どこの会社でもよく見られる「困った社員」は、例外なくどちらか(あるいは両方)が不足しているはずなので、以下のチェックリストで確認してみてください。あなたがよくみかける「困った人」のほとんどが含まれているのではないでしょうか。この二つの要件の網羅性がいかに高いかを感じていただけるのではないかと思います。

 

❖ チェックリスト ❖ こんな人は「思考力」が不足している

言われたことしかできず、指示がないと何もしない

マニュアルが無いと動けない

未知の場面や情報不足の場所において、自力で状況を打開できない

相手の言わんとすることのポイントがわからず「ずれた」理解を示す

文章や話から、状況や問題の全体像をイメージできない

仮説を立てられない

人の心情を理解できない

空気を読めない

物事の本質にまで考えが及ばない

仕事の軽重を識別できず、優先順位を付けられないまま全てを抱え込む

言葉の「言外」や文章の「行間」を一切理解できない

上から目線で、自分の経験や知識を振りかざす

情報や物事に即応して拙速的に動き、短絡的な判断や意思決定に走る

 

❖ チェックリスト ❖ こんな人は「 人のために動く力」が不足している

取り組みが長続きせず、何をやっても飽きっぽい

業務への取り組み姿勢にムラがあり、アウトプットの質が安定しない

管理されない場所では、すぐサボる

自分の興味や関心のあるものにしか、力を入れない

多様なアイデアを思いつくが、どれひとつとして形ある成果に結実しない

「やりっ放し」「言いっぱなし」が多く、収束への責任を背負わない

ミスをしてもあまりこたえず、その後も同じミスを何度も繰り返す

泥臭い地道な取り組みを嫌い、汗をかきたがらない

美しく聞こえの良い概念や言葉を好むが、実体的成果の獲得に向けた努力を嫌う

平気で「ドタキャン」「無断キャンセル」を連発する

自分が言い出した企画やテーマを、自分で勝手にフェードアウトさせてしまう

自らの営業成績の数字が悪くても、あまり気にならない

「収益性」や「コスト」への意識が極めて低い

人への感謝の気持ちが長続きせず、他者への礼節を欠く行動が多い

人から注意されたり叱られたりすることを極端に嫌い、不健全な反応を見せる

電話の折り返しやメールの返信は、自分の気が向いた時に自分の都合でおこなう

自分のペースを守って進めることのできない業務を極端に嫌う

いかなる時にも自分の都合を優先させようとする

「また今度」と言って、その「今度」があった試しが無い

自分の都合で人の時間を平気で奪いながら、「時間泥棒」をしている自覚が無い

 

私たちは、自分たちが使っているこの「求める要件」だけが、絶対的に正しいのだとは思っていません。できるだけ網羅的な、採用の現場で動く人たちが安心して頭に置けるものを、人を採用しようとする各企業が創り出していけばよいのだと思っています。最近は、「自分で考える」「自分で動く」「利他性をもって」などの文言を掲げる企業が増えてきたようで、とても嬉しく思っています。

 

当社の内製化支援を何年も前に卒業された企業の採用ページに、こんな記事が出ていました。

 

新卒採用チームの若手社員たちが、ミーティングで求める人物像の話をしていた時のこと、メンバーから出された様々な意見をどんどん概念化していったら、最後は「いいやつ」という極めて網羅的かつわかりやすい要件に満場一致で落ち着いた。

 

素晴らしいと思いました。

 

リスクマネジメント採用

さて、私たちは、応募者をアセスメントする時、「思考力がある人の行動」や「人のために動く力を持つ人の行動」を追いかけることはしません。それをやってしまうと、「あの理論的な発言はきっと思考力があるから」「あの他人思いの発言は人のために動く力が高いから」などと、どうしても応募者の発言に引っ張られてしまうからです。応募者の発言はその人を知るための重要な情報ではありますが、その発言はその人の能力をそのまま映すものではありません。採用されたくて選考に臨んでいる応募者が、知っていることをあたかも今考えたことのように発信したり、自分を人に寄り添える人間だと思わせるために言葉を選択したりすることは、ごく当たり前のことに過ぎませんが、前のめりになって期待される行動を待ち望む採用選考担当者は、その言語運用力にまんまとはまってしまいます。

 

それでは、期待する行動を追いかけないで、「思考力」と「人のために動く力」を備える応募者を探すには、どうしたらよいのでしょうか。私たちは、それらの力に欠ける人が見せる「リスク行動」を体系化しており、アセスメントでは、応募者がそのような行動を見せるかどうかに視点を絞っています。時間いっぱいまでリスク行動を探し続けるリスクマネジメントです。リスク行動が見つからない人が結果的に「思考力」と「人のために動く力」を有するとみなされるわけですが、私たちは、このやり方を始めてから採用アセスメントの誤差を飛躍的に縮小することができました。

 

人は、期待する行動を追いかける時、少なからず心がうわつきます。そしてその結果、応募者の意識的行動(「それらしい発言」や「アピール性の強い言動」など)をキャッチしてしまいます。それに対してリスクを潰すやり方だと冷徹な心で応募者と向き合う事ができ、結果として応募者の無意識的行動にアプローチできるので、アセスメントの精度が高まるのだと思っています。

 

私たちがどのようにリスク行動を体系化し、具体的にどのような視点でリスクマネジメントを実施しているかについては、⓴でじっくりお伝えします。

 

優しさに溢れた取り組み

採用をイベントとして捉え「こんな人が欲しい」という期待に浮きたつ心で楽しむ採用と、採用をリスクに溢れた場と捉え「こんな人には来てもらったら困る」という冷静な心でリスクマネジメントに徹した採用。採用においては、この二つのスタンスが入り混じるのが普通ですが、後者の割合が少なくても半分を超える採用であって欲しいと思います。

 

採用選考の過程で求める人物像を前面に出し過ぎるほど、前者のスタンスに傾いていき、論理誤差のリスクが高まります。求める人物像を頭の隅に置き、採用選考の際にはリスク行動に目を光らせることへの注力配分を高めることができれば、採用は変わります。一見、粗探しのようで後ろ向きの匂いを漂わせますが、それは会社を守り従業員を守るための「優しさ」に溢れた合理的な取り組みです。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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