╂ 処方箋の解説 ⓯ ┛ 体育会出身者を採ってはみたが

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長年採用活動の精神的支柱だった「体育会信仰」が揺らぎ始めています。

その経験自体と入社後の優位性とには、何の因果関係もありません。

 

 

 

体育会の変容

私が高校や大学でラグビーをやっていた頃、ランパスという練習がありました。数人が並んでグラウンドの端から端までをただパスをつないで走る基礎練習です。夏合宿などではランパスの数が増えるのが普通で、「百本ランパス」などという正気の沙汰とは思えない世界も経験しましたが、最後の方は苦しくて泣きながら(吐きながらの奴もいました)もがくように足を前に進めたのを覚えています。

 

「ボールをもらったら必死に走り、自分が一番前に出てから後ろを走る相手にパスをする」ということを繰り返す基礎練習なので初心者には役に立ちますが、それ以外のプレイヤーにとって技術的に教わることが多い練習とは言えません。じゃあなんでやるのかと言えば、そこに用意される答は、「試合中苦しくて限界だと思った時にでも足を出せるように」「あの時あんなしんどいことを乗り越えたんだという自信を苦しい時のよりどころにできるように」という精神論しかありません。当時の私たちは、このランパスという非科学的で一見合理性のかけらもない練習を忌み嫌いながらも、心の奥底ではその精神論を受け入れていたように思います。だから「俺はこんな練習馬鹿らしいからやめる」などと言う奴は一人もいませんでした。

 

しかし今、高校や大学でランパスをやらせているコーチはほとんどいないと聞きます。どこかのテレビ番組で、あるラグビー関係者がこんなことを冗談交じりに言っていました。「今時学生にランパスなんてやらせたら、パワハラと言われますよ」あながち冗談ではないように思いました。昔猛練習で有名だった大学で最近コーチを務めた人たちに話を伺うと、誰もが口を揃えます。「今の学生にあの練習をやらせたら、すぐに誰もいなくなる」

 

ラグビーに限らず、今の大学生アスリートは、練習に理論的裏付けを求めるそうです。無駄な練習を排して科学的に意味のある練習を集中的に行うことが、一般的に大学スポーツ界の前提となりつつあるようですが、その方が学生の技術を効率的に高めることができるので、多分スポーツ界としてはとても良いことなのだと思います。

 

一方、一般社会が体育会出身の学生に期待するものは、一部の例外を除き、競技技術の高さではありません。「粘り強い」「上下関係がしっかりしている」「礼儀正しい」など、人によって期待するものは様々だと思いますが、実は体育会の学生を好む人の大半が彼ら彼女たちに内心期待しているものがあります。それは「不条理への耐性」です。「社会にでれば不条理なことばかりだから、うちの会社も不条理ばかりだから、四年間辛抱して不条理なことにも気持ちを折り合わせてきた学生なら、わが社でもうまくやってくれるだろう」ということなのでしょうが、今の体育会の学生は不条理な世界に耐えてきた人たちではありません。「粘り強い」「上下関係」「礼儀」も、もはや体育会の学生が持つ優位性とは言いにくいかもしれません。少なくても昨今の体育会は、ひと昔前の企業の偉い人たちが好むような人間を養成する場所とは言えないようです。

 

経歴の価値

まず体育会の話を挙げましたが、昔から企業の経営者や採用関係者には特定の経歴の持ち主を好む傾向があります。例えば「海外留学経験者」も皆さんの大好物のひとつです。語学力も魅力なのでしょうが、「自立しているであろうから」というのが主な理由だそうです。しかし、これまで新卒採用アセスメントで何百という海外留学経験者をアセスメントしてきた中では、精神的に自立しない学生が大半でした。今や誰でもお金さえ払えば留学でき、現地では日本人同士で群れ合い、大した成果も得ずに帰って来る人が多いのだから当然でしょう。留学先において死に物狂いで勉強し、何かを成し得て帰って来るような「自立した人」ももちろんいますが、そのような人は留学したからそうなったわけではなく、たまたま自立した人が留学して成功した例に過ぎません。だから留学経験者を見てその人を自立した人だと決めつけると、大抵、後で残念な思いをすることになります。

 

昔は、体育会出身者や留学経験者の中に企業が好むような特性を持つ人が今よりは多かったのかもしれません。でも時代の変化とともに、それらの経験を作る場の前提や環境が少しずつ変質し、そこで経験を積む人の質も変わり、そして、その経験にアプローチする人の志向も変わってきたのでしょう。少なくても私たちの採用アセスメントにおいては、体育会の学生や海外留学経験者の通過率は、一般的な通過率と変わりません。

 

ここでも、やはり「経験知×仕事力=生産性」の公式から確認すべきことがあります。どんな魅力的な経験をしたとしても、その経験が仕事の場で活きるか否かは、その人の仕事力次第です。その経験を得る時にはその人の仕事力がほぼ確立されているので、経験によって仕事力が大きく変容することはありません。低かった仕事力を高めてくれる経験など無いのです。ならば仕事力の高い人が好みそうな領域をターゲットにすれば良いわけですが、時代の変化と共にそのような世界が無くなってきているのは前述のとおりです。「この経験をした人は仕事ができるはず」などという都合の良い因果関係はもはや存在しないものと早く諦めたほうが良さそうです。

 

私たちと一緒に採用アセスメントに取り組む経営者や採用関係者の皆さんは、前もって応募者の履歴書をご覧になっているにも関わらず、応募者がどんな経歴を持っているのかということに驚くほど関心を抱きません。アセスメントで仕事力に向き合うことに慣れれば慣れるほど、経歴そのものに価値があるわけではないことを実感として理解するからだと思います。採用アセスメントの通過者が出て、私たちがその会社を離れてから、そこで皆さんは初めてその人の経歴と向き合うことになります。

 

「あの人体育会なんだね。そんな感じするね」

「海外留学経験者かあ。芯が通っている感じがすると思った」

 

経歴は、仕事力が見極められた後で、あくまで補完情報として取り扱われなくてはなりません。経歴情報を仕事力の見極めに使おうとすると、採ってはいけない人に光を当ててしまうリスクが高まります。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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