╂ 処方箋の解説 ⓮ ┛ 劣化する思考力

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ハイスペック人材を激選しているのに中途採用が失敗続きです。なぜなのでしょうか。

美しい経歴に目が眩み、その経験を活かす力(思考力)を無視するからです。

 

 

 

大企業って本当にすごいんだね

十二年ほど前に、ある金属加工会社の社長さんから「中途採用で総務部長を採用したい」というお話がありました。それまでその会社には管理部門が無く、総務的な仕事は社長と経理担当の奥様が片手間でこなしていましたが、短期間で従業員が百名超えにまで急増したこともあり、総務や人事を担当する「管理部門」を作って責任者を置くことにしたのです。

 

社長さんは早速十社ほどの人材紹介会社に声をかけ、採用アセスメントを実施するための選考母集団づくりを始めました。人材紹介会社には「大卒 上場企業での総務または人事部長経験者」というハイスペックの求人を出すと聞いていたので、果たして人が集まるのかが不安だったのですが、蓋を開けてみると集まった応募者の数は八十人を超えていました。八十数名をアセスメントするには、一日に五本のグループ討議をこなすとして三日間かかります。私たちの採用アセスメントが、思考力と人のために動く力を評価基準とする今の形に落ち着いたばかりの頃で、まとまった数の応募者をアセスメントする仕事を依頼されたのは初めてでした。結構なお金をいただくことになる本当に有難い仕事でした。

 

お盆明けの三日間を使って、採用アセスメントは予定通り行われました。そして最終日の最後の回が終わった時、私はそれまで経験したことの無いような疲労感を覚えました。アセスメントの後飲みに行く元気も出なかったのは後にも先にもあの時だけです。その原因は、アセスメントの連投がしんどかったからだけではなく、通過者が一人も出なかったからだけでもありません。応募者の皆さんが発する負のオーラにやられてしまった部分が大きかったのだと思います。

 

まず、殆どの応募者に真摯さが欠けていました。「上場企業の部長だった俺様がこんな小さい会社に来てやろうとしているのにこんなことやらせやがって」のような傲慢な空気を、多くの応募者から感じました。実際、グループ討議をやらなくてはいけないことに対して、露骨に嫌な顔をする人もいました。「こんなことをさせられるのは私の意にそぐわない」と叫び開始早々席を立った人もいて、未だに伝説となっています。プライドが高いというよりも、今思うとすべて自己防衛行動だったのでしょう。

 

十五本実施したグループ討議は、どの回も大賑わいでした。参加者の皆さんが競うように発言機会を求めたので、場が静かになる瞬間の無い一見活発な討議が続きました。しかしその場で与えられた情報に向き合って思考しようとする人はほぼ皆無で、誰もがカビが生えたような経験談や一般論を撒き散らしていました。そもそもその人たちは、最初から与えられた課題と正対しようとせず、何か言えることを探すような課題への接し方でした。長い間社会人をやっている方々だけあって、他のメンバーの発言時にはそれなりに傾聴の姿勢を作るのですが、実はまったく聞いていないことが明らかでした。課題を読まず、人の話を聞かず、誰もが自分の殻の中だけで動いているのに、あたかもコミュニケーションを取っているかの如く取り繕われている討議が、とても気持ち悪かったのを覚えています。私があんなに疲れてしまったのは、あのような気持ち悪い討議を十五本も見てしまったからだと思います。

 

結局社長は中途採用を諦め、以前から目をかけていた若手の技術者を異動させ、総務部長候補として育てることにしました。その頃はまだ私たちが「外に求める前に中を探しましょう」というコンサルティングポリシーを持つ前だったので、中途採用の依頼を受けた時に「中を探しましょう」とは言えませんでした。私の中には「無駄な時間とお金を使わせてしまった」という苦い思いしかありませんでしたが、人格者の社長が「勉強になったよ」と言ってくださったのでずいぶんと救われました。社長はこうもおっしゃいました。

 

「大企業って本当にすごいんだね」

 

これもまた、伝説的名言として私たちの間で語り継がれています。

 

思考力の劣化

その後私たちの採用アセスメントの主戦場が徐々に新卒採用の場に移ったとは言え、中途採用アセスメントの仕事が途切れることはありませんが、グループ討議では十二年前のあの日と同じ様な光景が繰り返されてきました。どうやらあの採用アセスメントだけが特別に酷かったというわけではないようです。十二年もの間、中途採用アセスメントの成果は一貫して芳しくありません。三十歳代以下の若年層では時に逸材が見つかったりしますが、その歳を超える応募者については概ね残念な結果になってしまいます。もちろんこの傾向は私たちの目にした世界だけに限られるものなのかもしれません。でも私たちの中では、「社会に出て経験を積むに従って思考力が劣化する人が多いのではないか」という仮説が固まりつつあります。そして、「その傾向は決して私たちの周りだけでなく、世の中全体が共有するものであるに違いない」と、密かに思っています。

 

しつこくて申し訳ないのですが、またまた重要公式に登場してもらいます。

 

「経験知×仕事力=生産性」の仕事力を、ここでは最も重要な仕事力のひとつである「思考力」に置き換えて、

「経験知×思考力=生産性」とします。

 

人は会社に入って時を重ねると経験知を積み増していきます。そして経験知が増えれば増えるほど、どうしても経験知への依存度が高まります。作業領域に留まるに限り、経験知に依存していれば思考しなくても仕事が回るようになり、仕事は楽になります。そして、「歳を重ねるにつれて経験知への依存度が高まり、それに伴って思考力も劣化すると、更に経験知への依存が強化される」という悪循環が生じてしまいます。

 

私たちが中途採用アセスメントの場で目にしてきたようなことが起きる背景には、このことがあるような気がしてなりません。自分の会社での自分の仕事の中でのみ通用するような経験知を積み上げてきた人が、その人を支えてきたものが無くなった世界では何もできなくなる。そんな悲しい姿を、私たちはたくさん見てしまったような気がします。

 

元々思考力があった人もそれほどなかった人も、仕事に慣れ経験を積むにつれて思考力は徐々に劣化するのではないだろうか。

そのことが本当は多くの人に迷惑をかけているはずなのだが、自分では気づかず、なぜか出世にもあまり影響しないのは偉い人も思考しないから?

経験知を増やす中でも思考力を維持し更に高めようとする人はいないものか。

もしかしたらそんな人は組織に居辛いのかもしれない。

どこかに埋もれているのかもしれない。

 

私はいつもこんなことばかりつらつらと考えています。経験知の拡充に伴い、思考力をもどんどん強化し続けている人材は、私たちにあまり縁が無いだけで、実は世の中にたくさん存在するのだと信じたいものです。

 

繰り返しになりますが、今の私たちの主戦場は新卒採用アセスメントです。ちなみに「課題を読まず、人の話を聞かず、誰もが自分の殻の中だけで動いているのに、あたかもコミュニケーションを取っているかの如く取り繕われている討議」は、もちろん学生たちの間でも日常茶飯事のように行われています。今ではすっかり耐性ができてしまったので、気持ちが悪くなることはありません。でも新卒採用アセスメントでは、十二年前のあの日には見ることができなかった姿を時々目にすることができます。荒れた討議の中で、その流れには迎合せず、ひとりだけ違和感に満ちた表情を浮かべつつミッションから離れないで踏ん張っている学生の美しい姿です。思考力の高い静かな逸材は、こうして発掘されます。

 

そんな若者たちの思考力を劣化させない社会でなければいけないのですが。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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