╂ 処方箋の解説 ❸ ┛ 思考力のある社員がいない(後編)

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思考の実例

営業職のAさんが、取引先の担当者と商談をしています。この取引先はAさんの会社の古くからの重要顧客で、Aさんとこの担当者の付き合いも長くなりました。二人の関係はまあまあ良好で、商談の雰囲気もフランクです。仕事のやり方は良くも悪くも「なあなあ」になっており、本来なら取り交わさなくてはいけない書類のやりとりを省略し、口約束で済ますことも増えていました。しかし、今日に限っては少し様子が違うようです。

 

「では、見積書をいただけますか」

 

ここで、Aさんはどうするべきでしょうか。

・担当者の表情や雰囲気から何かを感じ取ろうとする。

・直近の担当者に対する自分の言動を省みる。

・最近二回ほど冗談めかして値引き要請を受け、それを断ったことを思い出す。

・最近、この会社に対し納期遅れなどの不手際がなかったか思い出す。

・競合他社が出している競合品の価格情報を思い出す。

・競合他社の新商品情報を思い出す。

・競合他社の担当営業の異動があったことを思い出す。

 

このような情報収集意欲を持って頭の中で情報を集め、その中でいくつかの共通点(今日、見積書を依頼された理由として妥当な情報)を統合してみると、Aさんの中で、ある仮説が色濃く浮かび上がりました。

 

「競合他社があの会社に価格訴求性の高い新商品を強烈に売り込んでいるのではないか。競合他社の営業担当が変わったことでアプローチが変わり、担当者にもより高いレベルのサービスを受けられることへの期待感もあるのではないか。自分の中でも、この会社がうちから離れるわけがないという甘えがあり、対応が緩くなっていたのかもしれない」

 

これが、思考力を有する者の頭の使い方です。もしAさんにその力が欠けていたなら、会社に帰ってアシスタントに「見積書作っといて」と頼んで終ったはずです。しかしAさんは、情報を集めて統合しそれまでになかった概念(仮説)を創出したことで、課題形成に至りました。そして、きっとこれから戦略的に次に打つ手を考えることでしょう。「見積書を」と言われてからのAさんの動きには、確かな生産性が認められます。

 

この仮説が正しかったかどうかについては、実はあまり大きな問題ではありません。動いている中で「違うな」と思ったらそこで方向を修正すればいいだけのことです。そこで「立ち止まれた」ことに大きな価値があるのです。マネジメント領域で動く人に求められる問題解決は、何かを感じて立ち止まることから始まります。それが、概念化という大変な取り組みに向かう準備であり、かつ大前提となります。

 

思考しない人

「領域や時間を超えて散らばる情報を集めて統合する」という思考の取り組みは、その人に事象や問題に真正面から向き合うことを求め、その人の脳にかなりの疲弊をもたらします。だから、何らかの理由で対象に向き合えない人や、自分の心身に負担をかけることを嫌う人は、当然ながらその取り組みを嫌悪し、そこからの回避を図ることになります。私たちのアセスメントの臨床を紐解いてみると、思考回避を重ねる人や、思考停止に陥っている人が、残念ながら多数派になってしまっている現状があります。

 

思考しない人は、全体にアプローチする労を嫌い、部分だけの取り扱いで安易に事を済まそうとするので、薄く、浅く、芯を外した取り組みを繰り返すことになります。「一つの情報に接した時、そこに即応して答えや結論を出そうとするか、それとも他の関連情報を集めようとするか」が、思考力の有無を分ける分水嶺です。マネジメント能力という基準で応募者や社員の生産性を見極めようとする際には、その視点による行動分析は欠かせません。

 

学力的情報処理

仕事の場で使われる情報処理は、思考(概念化)と学力的情報処理とに大別されます。学力的情報処理は、情報をインプットし、記憶し、アウトプットするプロセスを繰り返します。現在の学校教育はこの情報処理能力を重点的に鍛えるので、わが国は、この能力に優位性を持つ人で溢れています。そのような人たちは教えてもらったことを速く確実に覚える為、既知の場面で知識を運用する作業領域において強みを発揮します。

 

得意分野ゆえ心理的障壁は低く労力もそれほど要しないので、学力の高い人はこの情報処理に頼りがちになります。しかし、未知のマネジメント領域で動こうとする際にこの能力だけで切り抜けようとすると、前述の「一つの情報に即応して答えや結論を出そうとする」取り組みに走ることになり、必ず困ったことになります。今、日本の企業、特に大企業は「学力ばかり高くて思考力(概念化能力)に欠けるマネジメント職」で溢れています。

 

マネジメント領域ではあまり役に立たない能力を長い年月をかけて養成し続けるわが国の教育システムを思うと、とても切なくなります。

 

思考力は育てるものではなく探すもの

思考しない人がそうなってしまっている要因のほとんどは、その人の心の状態や価値観にあります。それらは、長い年月をかけてその人の中で確立されたものです。つまり、思考しない人は長い時間をかけてそうなっていることが多いので、そう簡単には変容しないのです。社員の方が「自分の頭で考えない」のは、経営者や上司の教育や指導のせいではなく、多分元々そういう人だったのでしょう。社内で思考力の能力開発が行われるとすれば、それは、序章で記したような「潜在する思考力に本人が蓋をしている場合に、経営者や上司がその蓋をはずしてあげる」という取り組みに限られます。

 

「処方箋の解説 ➊」で述べたことの繰り返しになりますが、「思考力と学力的情報処理とは別物、とは言っても、学力の高い人は思考力も多少は持ち合わせるものなのではないか」というご質問には、あらためてNOを出します。思考が停止した一流大学生や一流大学卒を毎日のように見ているので、その自信は揺るぎません。思考力を求めて高学歴者にアプローチする取り組みは無意味です。本気で思考力の持ち主を求めるなら、然るべき視点を携えて、社内や応募者の中から正しく必死に探す努力が求められます。「どうやって探すのか」については、最終回(⓴)で触れたいと思います。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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