╂ 処方箋の解説 ❽ ┛ 目標管理制度が機能しない

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目標管理制度が機能しません。

作業領域に閉じこもり日々時間に追われている管理職に対して、無茶振りが過ぎませんか。

 

 

 

 

無茶振り

アセスメントのグループ討議では、「最重要顧客」の抱える二つの課題がA4二枚にそれぞれ一つずつ記述され、参加者は一時間の中で二つの案件に取り組むことになります。実は、前回の「課長になんかなりたくない」という案件とセットになっているのが、この「目標管理制度が機能しない」というテーマの案件なのです。

 

私が「百人の経営者と会う」取り組みを続けていた頃も、人事評価制度が機能しないという課題はいたるところで耳にしていましたが、多分この問題は、日本中の導入企業が抱えているものなのでしょう。「莫大な制度設計料をコンサルティング会社に払った大手企業でその運用が上手くいかず制度を廃止した」などという記事も、過去に何度となく目にした記憶があります。その原因については各方面で色々と語られていますが、私は、評価者となる管理職が、評価者としての意識付けや技量が不十分のまま、人をじっくり観ることができるような労働環境では無いのに、ろくな教育や指導も受けずにいきなり部下の評価管理という難しい任務を丸投げされていることが、根本的な原因だと思っています。もちろん、「部下の能力と正しく向き合えるだけのマネジメント能力を備えている課長が少ないという現実に、会社がしっかり向き合っていない」という更に根本的な問題もありますが。

 

「課長がマネジメント領域で動けない状況を看過している会社が、いきなり部下の評価という究極のマネジメント領域を提供するなんて、それはあまりにも無茶振りだとは思いませんか」と、先の「課長になりたくない」の案件と関連付けてグループ討議の参加者に問いかけているわけですが、そこまでの課題形成に向かってくれる参加者とは、なかなかお目にかかれません。

 

人事制度は問題解決への特効薬ではない

目標管理制度などの人事評価制度そのものを否定するつもりはありませんし、私はその方面の専門家でもないので、ここで多くを語るのは控えます。ただ、制度導入が目的化されてしまい、闇雲に制度導入を急ぐ中小企業の経営者が多いことには違和感を覚えます。「制度を導入しないとちゃんとした会社とは言えない」「制度を導入すればすべてうまくいく」のような雰囲気さえ漂っていて、怖さを感じることもあります。

 

特に、社内に何か「人の問題」が見え始めた時、その問題に自分で向き合うこともせず、「制度を入れとけばよくなるだろう」という方向に向かってしまう経営者には怒りさえ感じます。自分は手を汚さず、汗もかかず、「お金さえ払えば後は何とかしてくれる」と、問題解決への特効薬でも手にしたような気になっている経営者には、人の問題を解決する唯一の方法は、経営者が相応のエネルギーを投入することだということに、一刻も早く気が付いて欲しいと願うばかりです。

 

人事評価制度は、あくまで適正な能力を備える適正な人物によって運用されるべき「ツール」です。例えば、「組織全体のモチベーションが低下している」「組織内のコミュニケーションが上手くいっていない」などの問題を解決するために制度を導入すべきとする主張が散見されますが、私はその考え方を制度の機能に対するやや非現実的な拡大解釈だと考えます。特に目標管理制度などは、人に向き合う経営者に任命された人に向き合う管理職が存在して初めて機能するしくみです。人に向き合う文化を持たない会社がその体質改善に向かうなら、制度導入より先にやることがたくさんあるはずです。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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