╂ 処方箋の解説 ❻ ┛ ブラックモンスター

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モンスター社員に会社が壊される

気が付いたら社内が反会社的な言動を垂れ流すモンスターだらけになっていました。

心の弱い社員が黒く染めた組織は、精神的に自立した心の強い社員が白く戻してくれます。

 

 

 

 

扇動行為

扇動行為の本来の意味は「群衆の中で一部の少数の者が大多数に対して演説を行い、群集心理を操作して大多数の者を自分の都合の良い状態に置き換えること」ですが、私たちは「ブラックのモンスターが、周囲のグレーの人たちに会社の悪口を吹き込み、グレー層を真っ黒に塗りつぶしてしまうこと(ホワイトの人は揺らがない)」をそのように称しています。

 

精神的に自立しない人は、概して他責の人です。会社で自分の思うようにいかないことがあると、自分を省みずに会社のせいにします。そして「自分をこんな目に遭わせる」あるいは「自分を認めてくれない」会社に対して恨みを抱き、同士(精神的自立性のあまり高くない人たち)を次々に巻き込んで、反会社的な働きかけを繰り返すのです。このような人は社歴や年齢に関係なく、どの層にも存在します。この扇動行為には、「自分の心を守る」という強烈な動機があるので、たとえ当該社員が新入社員や若手社員であっても、その負のパワーには小さな会社を吹っ飛ばしてしまうくらいの威力があることを知っておく必要があります。

 

日本中の多くの経営者が、自社内に潜行する「扇動行為」に悩んでいます。組織再編支援の問い合わせを下さる中小企業の社長さんのほとんどが、この問題で傷ついています。「社長に就任してすぐに、自分以外は全部敵だと気がついた」という話をしてくださった二代目社長の数は片手では足りません。その問題で社長が重度の鬱にかかり廃業してしまった会社も知っています。もしかしたら、経営人事上、「会社が特定の社員の扇動行為によって食い荒らされること」以上に恐ろしいことはないのかもしれません。

 

顧客企業で社員を対象とするアセスメントを実施する際、時々、何とも異様な空気の悪さを感じて「やられちゃってるなあ」と思うことがあります。「こんなことやらせやがって」というような視線を感じるのですが、自分の会社に対する負の感情を代理で受けているだけなので、私たちにあまり不快感はありません。アセスメントを進めていくと、そのグループは、「一人か二人の主犯とそれ以外の引っ張られている人」という構成になっていることがわかってきます。ごく少数の「精神的自立性が極めて低い人」が見つかり、「その他大勢」の人たちからは朝一番の不健全な表出は薄れていって、彼ら彼女たちがグレーだったことがわかるのです。「ブラックモンスターの人ばかり」というグループはまだ見たことがありません。そんな組織があったとしたら、まず存続できないでしょう。

 

グレーの人たちは、ホワイトの(精神的に自立した)人からも影響を受けます。オセロのように白にも黒にもなるのです。先ほどのアセスメントのグループに、もしホワイトが一人でもいたら、また違った雰囲気が生まれていたでしょう。会社にブラックの人が存在することがわかったら、その人の行動を注視し適切に対応する一方で、何とかしてブラックの影響を受けず、自分が周囲に好影響を与えることができるホワイトの人をひとりでも多くその組織に投入し、グレー層のブラック化を抑え、ブラックの悪影響を薄めることを考えるべきだと思います。忘れてはいけないのは、ブラックの人の大半が、極悪非道なわけではなく、心が弱いだけだということです。自分の働きかけが無力であることがわかるとおとなしくなってくれる人も少なくありません。

 

扇動行為に走る人が「精神的に自立しない」という特性を持つことがはっきりわかっている以上、まずは、そのような人を確実に排除できる採用を模索すべきです。リスクマネジメントを徹底すれば、その結果逸材とのご縁が生まれます。もし、精神的に自立した人を採用できれば、組織の健全化に向けた問題解決を一歩進めることが可能になります。いずれにしてもこの問題から会社を守るためには採用を頑張るしかありません。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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