╂ 処方箋の解説 ❹ ┛ 人望が無い課長

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ある重要部門の課長に人望が全く無いことが判明。仕事はできるので異動させにくいのですが。

部下を殺す管理職への対処は待ったなし。「仕事はできるので」は、不見識だと思います。

 

 

 

 

人に興味が無い人間を課長にしてしまった社長

T社という専門商社とのお付き合いが始まったのは数か月前のことです。社長は大手機械メーカーで部長まで務めた方でしたが、昨年独立してT社を創業しました。その際には、前の会社で部下だった三名も立ち上げメンバーに加わり総勢四名でのスタートとなりましたが、社長が打ち出したニッチ戦略が当たって事業は短期間で急速な伸びを見せ、現在の社員数はもうすでに十名を超えています。

 

社長は、私の本を読んで連絡を下さいました。早速事務所を訪問すると、私を迎える社長の表情はかなりやつれていました。「業績好調で人も増えている」と事前に伺っていましたので、その状況と社長の醸し出す負のオーラとのギャップが、その時は不思議でした。

 

社長の相談内容は以下のとおりです。

 

T社の事業は部品販売と機械販売とに大別される。部品販売事業の方が大口の顧客を掴んでいて安定的な売り上げを確保でき、T社がこの事業に依存する部分はまだまだ大きい。増員した今の営業社員は、ほとんどこの部品販売事業の管理要員である。一方、機械販売は、商品単価が高い上に当社が得意とするメンテナンス技術を活かせるので、商社としての当社の優位性をアピールしやすく、当社のアイデンティティを高めていくためには、これからこの分野を伸ばしていかなくてはならない。社長は、機械の専門家である二人の創業メンバーと共にこちらの事業のマーケティングや新規開拓に注力することが多く、部品事業の方はずっともう一人の創業メンバーであるAという人間に任せてきた。A氏は、三人の中では最も年上であり、前の会社でずっと部品関係の営業をやっていたこともあって、昨年、社長はA氏を課長職に任命した。中途採用で入ってきた若手社員たちをうまく束ねてもらうことを期待したのだが。

 

実は、ここへ来て、A氏に全く人望が無いことがわかってしまった。先日、中途採用で三か月前に入社したばかりの、精鋭と目されていた社員が退職した。「A課長とはこの先とてもやっていけないから」という理由だった。社長がよく話を聞いてみると彼の口からはA氏への不満や不信が溢れ出た。

「必要なことを教えない」

「大事なことを伝えない」

「いつも忙しがっていて、わからないことがあっても声をかけられない」

「話し方がいつも機械的な命令調で、感情を通わせる会話ができない」

「もちろん困ったことがあっても相談などできる雰囲気ではない」要するに、「まともなコミュニケーションが取れない」ということだった。

彼はこうも言っていた。「きっとA課長は、人に興味が無いんですよ」

 

社長は機械の仕事につきっきりで社内にいないことが多く、A氏がそのような問題を抱えていることにまったく気づかなかった。社長が急いで他の社員たちにヒヤリングしてみると、誰からも同様の認識や感想が示され、そして誰もが困っていた。皆のモチベーションが著しく下がっていることも、社長はその時初めて知ったのだった。

 

「管理職失格」が発覚した際の対応策

「起こったこと」を淡々と述べてくれていた社長でしたが、そこまで話した時、少し顔を歪めて呟きました。「本当にショックでした」

 

自分が知らない間に自分の会社の組織が崩壊に向かっていたことを、ある日突然知ってしまったのですから、それはショックだったでしょう。人と向き合うことができないような人を管理職に登用し、一つの部門を任せてしまった己の不明を、社長は心から恥じているようでした。

 

とにかく、これからどうするのかを考えなくてはなりません。そんな状況の中でも部品販売の売り上げは伸びており、人手不足の状態が続いているようで、これからも人を採用していかなくてはなりません。しかし、新しく入った人をまた無防備にA氏の下に置いたのでは、当然同じことが繰り返されるでしょう。だからと言って、今すぐにA氏に代わって部品販売事業を任せられる人は、経験的にも年齢的にもいないとのこと。機械販売のプロジェクトが佳境に入っている社長たちが部品販売の現場マネジメントにも関わることは現実的でないので、何とか部品販売部門を自立した組織に立て直すことが求められました。

 

現職管理職に大きな問題があることが判明した時、経営側が採るべき対応に関する大原則があります。

・その人を採用した責任は会社にあります。簡単に解雇などできるわけがありません。

・その人を昇進させた責任は会社にあります。職位を簡単に取り上げるのはいかがなものか。

・ただ、その人のせいで部下が潰されてしまうのを看過することは、絶対に許されません。

 

管理職にまつわるリスクの中に、部下を殺し会社を殺すこと以上のものはあり得ないと思います。部下を傷つけ、モチベーションを奪い、ひいては退職に追い込んでしまうような管理職をそのまま放置したのでは、それはもはや経営ではありません。その部分だけには毅然として対処し、それ以外のところは経営者の採用責任や任命責任との折り合いを付け、当該管理職の生活や人権を守ってあげる処遇を施すのが、最もスマートで合理的な経営人事のスタンスだと私は考えています。

 

具体的には、当該管理職を、まずは「組織マネジメントが求められない管理職」すなわち「部下のいない管理職」に移行させるということです。専門性を活かせる担当課長などに任命し直すことによって、その人の自尊心や対外的信用はある程度は守られます。もちろん給与も維持された方がよいでしょう。それによってその人の生活も守られます。本当に会社に敵意をむき出して反会社的な行動を繰り返すような人は別として、管理職として問題の多い人や機能しない人のほとんどに大きな悪意は無く、確立されてしまったその人の仕事力に起因するに過ぎません。だから、それを知らずに採用し任命してしまった経営者が、「絶対に譲れないもの」以外の部分で自分たちの間違いに対して責任を負うのは当然だと思うのです。

 

T社へのコンサルティングもこの大原則に沿って行われました。付き合いの長いA氏と情的な繋がりを持ち、前の会社からA氏を引き抜いた責任も感じていた社長に、この方針に対する異存は全くありませんでした。

 

まず私は、「A氏に代わって課長をやる人間が経験的にも年齢的にもいない」というあまりにも突っ込みどころが満載である社長の考え方を改めてもらうべく、社員全員のマネジメント適性に向き合う取り組みを始めました。もちろん、今後の採用については、「マネジメント適性がある人」を採用基準として、私たちがリスクマネジメント採用の支援をしていくことになります。マネジメント適性が高い人が正しくマネジメント職に配置され、そして正しい採用によってマネジメント適性の高い人の社内比率が高まってくると、マネジメント適性に欠ける人が生み出す負のパワーは薄まり、その人は自然と自分の本来の居場所に収まっていくことになります。そうなることを願って、T社での組織再編支援は続きます。

 

「仕事はできるのだけれど人望が」?

ところで、私は、社長がA氏について語る時に何度も出てくるあの台詞が気になりました。
「仕事はできるのだけれど人望が無いので・・・」

 

人事コンサルティングの現場で問題のある管理職のことに話が及ぶ時、多くの経営陣が口にするお決まりの台詞です。「仕事とは」「仕事ができる人とは」という大事なテーマが軽く扱われているような気がしていつも残念な気持ちになるのですが、今回もまたそこからのスタートになることを悟りました。

 

今、A氏は課長という職位を持ちながら、一方では、営業担当者としての顔も持つプレイングマネージャーです。部下に新人が多いので担当する顧客数はどの部下よりも多く、また、豊富な経験と知識を駆使して作業的な業務処理を手早く捌くことができるA氏なので、社長は彼を仕事ができる人間だと思ってしまったのでしょう。でも私は、「社長がその台詞を口にしているうちは、T社が本当の問題解決に向かうことは無い」と思いました。

 

人が人望を失う理由は、「常に利己的な目的で動き、他者の利益や心情に向き合うことができないから」ということに概ね集約されます。利他性の欠如です。利他性はマネジメント能力の絶対的必要条件のひとつであり、利他性に欠けるのに「仕事ができる」という評価が生まれることは、職種が何であれあり得ません。社長は、「マネジメントはできないけど営業の仕事はできているから」ということを言いたかったのだと思いますが、果たしてそんなことがあり得るでしょうか。心配になった私は社長に尋ねました。

 

「Aさんのお客様、大丈夫ですか? 何か言ってきませんか?」

 

考えてみれば、少し意地悪な質問でした。社長は部品販売の仕事をAさんに任せきっていたのですから、そんなことわかるわけがないのです。でも社長は少し考えてこう言いました。

 

「今、お客様からの紹介で新規の取引が始まることが多いのですが、彼のお客様からの紹介は無いなあ」

 

心配になった社長は、翌週から早速、A氏の担当するすべてのお客様を対象に、挨拶回りを始めました。

 

人をしっかりと観てこなかったツケ

どんな職種においても、「実務者として優秀だった人がマネジメント職となったとたん急にダメになった」などということはあり得ません。優秀な実務者とは、マネジメント領域において生産性を産む人のことであり、そんな人には結果として人望も付いてきているはずなので、実務者として本当に優秀な人ならマネジメント職になっても必ず機能するはずです。A氏の場合、人望が無いのは多分今に始まったことではないのでしょう。

 

では、なぜ社長は創業時にA氏を引き抜き、その後課長に登用するなどという過ちを犯してしまったのでしょうか。それは、社長がA氏を「よく観ていなかったから」という実にシンプルな理由に帰結します。そしてその結果、A氏に関する情報が絶対的に不足したまま動いてしまったことが、この大きな問題のスタートだったのでしょう。A氏の行動を継続的に追ったり、他者との接点や他者への影響を観察したりする地道な取り組みをさぼってきたツケが、今、回ってきたのです。酷な言い方かもしれませんが、間違いなく自業自得です。

 

社長とアセスメントを繰り返すうちに、社長の中に「仕事ができる人間」の本当の意味が落とし込まれていきました。そしていつの間にか、A氏のことを語る時の「仕事はできるけど」の一節は消えていました。

 

(これは、過去に目にした多くの実話をモチーフにしたフィクションです。モデルが特定されるのを防ぐために、時期や業界などの設定にも修正が加えられています)

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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