╂ 処方箋の解説 ┛ 序章 救われた宝物(後編)

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潜在能力を活かすために

間もなくアセッサー養成講座は始まり、三人の新米社内アセッサーは、実際の新卒採用アセスメントを担当することで実践経験を積むことになりました。一時間のアセスメントと二時間のフィードバックミーティングを1クールとしてそれを繰り返すハードなプログラムによく耐え、三人は少しずつアセッサーになっていきました。

 

二人の女性はよく考えてよく話す人たちだったのでバイアスや論理誤差(少ない情報から勝手にストーリーを作ってしまうこと)の癖が露出しやすく、そこを指導すると優れた対応力ですぐに修正し、徐々に落ち着いたアセスメントになっていきました。

 

S君も、得意の思考力を武器にできるフィールドを得て、嬉しそうではありました。情報を積み上げていく概念化の技術はさすがで、時に女性陣が驚くようなアセスメントを見せることもありました。ただ、特有な職人気質や発言責任への意識ゆえ、理論が完全な形にならないと発信しないという特性は相変わらずで、本人の頑張りが外から見えにくく指導しにくいという一面がありました。「取り組みのプロセスをもっと開示してほしい」とフィードバックレポートにも書いたので、指摘すると「しまった」という顔はするものの、長年の癖に手を入れるのはなかなか難しそうでした。

 

アセッサーミーティングでのS君の発信力には、やはりどうしても物足りなさを感じました。言いたいことがあると速やかに起動してしっかり言い切る女性陣に比べて、自分を押し出す力が決定的に不足していました。他のメンバーの話を聴くと、聴いた内容と自説を自分の中ですり合わせる方向に進んでしまうことが多く、その度に自分の発信の機会は先に送られました。そんな場面を見るたびに、「人の話を聴いた時点で自分の考えもぶつけて欲しい」「そうすれば増えた情報をもとにして皆の力で考えられるのに」と、じれったさを感じました。

 

S君は、職人的な特性ということだけではなく、やはり自分に自信を持てないからこうなってしまっているのだろうと、私はあらためて考え始めていました。いくら精神的に自立しているとは言っても、長きに渡って自分の良さを誰にも認められず、誰からも褒められずにいたとしたら、自己効力感(「自分ならできる」という自分に対する信頼感のこと)が低下して発信や表現への意欲が制御されるのも当然です。ずっと誰からも言われなかったことがなかったお褒めの言葉を、一度や二度会った人からいきなり言われても、にわかに信用できるはずがありません。彼には成功体験を積み重ねることが何より必要だと、私は強く思いました。

 

社内アセッサーたちは、想像以上のスピードでチームとしての成熟を果たしました。「前に進む女性陣と掘り下げるS君」という構造になり、機能的にはバランスが取れていました。入社二年目と四年目の女性陣は、先輩男子であるS君に良い意味で気を遣い、彼の沈黙や彼が作る停滞がチームの空気を悪くすることは一切ありませんでした。女性陣がS君の考える場を作ってあげているような、女性陣の懐の深さが目立つチームではありました。

 

興味深い現象もありました。S君と女性陣とはこのチームで一緒になるまでお互いほとんど知らない間柄だったそうですが、この三人の人間関係が極めて良好なのです。S君が女性陣から好かれていると言った方が良いかもしれません。失礼ながら取り立ててイケメンでも無く口下手なS君が賢明な彼女たちを惹きつけているものは、真面目で誠実な彼の人柄と、人の話をよく聴き一緒に考え一緒に悩んであげる、あの対人スキルなのでしょう。このことで私の決心は更に揺るがないものになったような気がします。

 

差し出がましい提案

約一か月で実践講座の十クールが終了し、三人はめでたく卒業となりました。その後は、B社が独自で採用アセスメントを運営し、社内アセッサーたちは私の手を離れて真剣勝負の採用選考に取り組むことになります。その日私は、講座終了の挨拶と諸々の手続きのため、社長と話をする時間をもらいました。そして帰り際、少し前から私の中で温めていた提案をぶつけてみました。

 

「S君は営業に向いていると思います」「営業部に異動させてみたらどうでしょうか」

 

OEM体質からの脱皮を決心し、自社ブランド戦略に舵を切った社長が立ち上げた営業部が苦戦しているというお話を、私は初対面の時に伺っていました。

「なかなか新規開拓の成果が出ない」

「営業向きと思われる社員を異動させたり中途採用をかけたりして営業部員を増やそうとしても、なかなか人が定着しない」

「今は営業部長が一人で部をマネジメントしているのだが、もう部員も二十人ほどになったのでもっと管理職を置きたい。でも適材がいない」

その後も社長の苦悩に触れるにつけ何か役に立てることがあればと思っていましたが、S君との出会いがあり、この差し出がましい提案が私の中で膨らんだのです。その時担当していた仕事を大事にしていたのであろうS君には申し訳なかったのですが、「彼には自分の力を活かせる場所にいて欲しい」という私の願いは揺らぐことがありませんでした。

 

社長の顔に少し驚きの色が浮かびました。「彼は営業タイプでは・・・」と言いたそうな表情でした。私は、それを見なかったことにして提案理由の説明を始めました。

 

「営業適性とは、話の上手さや押しの強さなどではなく、お客様の話や態度の意味するところをじっくり考える力と、求められる成果に対する責任感である」

「S君にはその力が備わっている」

「S君は本物の対人スキルの持ち主であり、深いところで人から信頼される人物である」

「そのS君の能力が今ひとつ発揮されていない現状があり、彼の潜在能力を引き出そうとする取り組みには、会社としてやってみる価値があると思われる」

「S君の能力はマネジメント領域でこそ発揮されるものなのに、現在の彼は作業領域にいる。営業フィールドは究極のマネジメント領域である」

 

途中から社長の顔に肯定的な笑みが増えたので、少し手ごたえを感じました。
私は社長と握手し、もうしばらくは来ることが無いだろうB社を後にしました。

 

 

S君を営業に異動させたという社長からのメールは、それから三週間後に届きました。もちろん嬉しかったのですが、想像よりも早い決断だったので驚きました。決してよそ者の言うことを安易に鵜呑みにするような方ではないので、多分あの面接演習を観た社長にも思うところがあったのでしょう。「人見知りのところがあるS君だから、営業部への異動なんて嫌だったかもしれないなぁ」という不安が一瞬よぎりましたが、「いやいやきっとうまくいく!」と、あわててそれを打ち消しました。先生がいなくなった採用アセスメントを三人が機能させてくれるように、そしてS君が新天地で成功体験をたくさん積めるように、もう自分の手から離れてしまったあの人たちがうまくいくことを祈るしかありませんでした。

 

 

自分の蓋を外す

それから二年が経ったある日、B社の社長から突然メールが入りました。「社内アセッサーの三人も二年間の経験を経てだいぶ慣れました」との書き出しを見て、悪い知らせではないのだなとホッとしました。

 

アセッサー養成直後の採用では、良い人となかなか巡り合えず採用活動を十月まで続けたのだが、二年目は夏前に予定数を確保できたとのこと。「今年も四月から始めるのですが、昨年の六月から少し間が空いてしまったこともあり、一度メンテナンスにお越し頂けませんか」というのがメールの趣旨でした。思いがけぬ依頼に二つ返事でOKした私は、あの三人にまたアセスメントを教えられること、そして「営業のS君」と会えることを楽しみに、それからの数日を過ごしました。

 

四月のある日、二年ぶりにB社を訪問した私を、三人は、こちらが驚くほど歓迎してくれました。歳とともにすっかり弱くなった私の涙腺の具合が、その時点で怪しくなりました。二年前にはぎこちなかった採用アセスメントの運営も、今ではプロ顔負けの洗練されたものになっていて、遅滞なく一時間のアセスメントを終えるとすぐにアセッサーミーティングが始まりました。

 

三人の仲の良さはあの頃と同じでした。しかし、あの頃「わきまえ」や「柔らかさ」が前面に出ていた女性陣の顔つきが、真剣勝負の厳しい表情に変わっていました。その理由がS君の変化にあることは、すぐにわかりました。人の話をよく聴くS君の姿勢は相変わらずでしたが、聴き終わると少しだけ間を置いてから必ず静かに自分の考えを差し込むところが二年前とは違いました。そこにまた他の人が意見を重ね、それが繰り返され、情報がどんどん積みあがって新たな結論や仮説に昇華する形ができあがっていたのです。二年前は、S君が黙ってしまうので、意見と意見がぶつかって化学反応を起こす場面がとても少なかったのですが、それがS君の変化によって劇的に変わりました。女性陣には、よい意味であの頃のような余裕が無くなり、三人の間にはあの頃にはなかった緊張感が漲っていました。

 

そして、その場を作っていたのは、二年前には後輩たちにお膳立てをしてもらっていたS君でした。彼は、男性だからでも、年上だからでもない、真のリーダーになっていました。

 

私は、ただただ驚きました。もちろん、自分の修正力によって全体の質をこれほど変えてしまったS君に感心し、感動もしていましたが、始めは「人ってこんなに変われるものなのか」という驚きの方が大きかったのを覚えています。でも、後輩の発言に真正面から向き合っているS君を見ているうちに、あの時の面接演習を思い出してハッとしました。「彼は別に変わったわけではなくて、自分で自分の蓋を外しただけなのだ」と思い直しました。誰かが蓋に気づき、誰かがちょっとだけ手を差し伸べ、誰かが少し思い切れば、あとは自分で蓋を外せるのだと、あらためて思い知らされました。

 

そんなことを考えているうちに三人の合意形成は終わり、私が指導する番が回ってきました。私の仕事はもはや皆さんの進化を漏れなく褒め上げることくらいしか無くなっていました。でもそれだけでお金を頂くのは申し訳ないので、更なる改善への提言をいくつか述べると、三人は一言も聞き漏らすまいという表情で傾聴し、アセッサーの技術そのままに顔をこちらに向けたままメモを取っていました。少し鳥肌が立ちました。楽しすぎた時間はあっという間に過ぎ、私は三人と再会を約束して部屋を出ました。

 

社長室に向かう途中、私は追いかけてきたS君に呼び止められました。初めて見るような笑顔で彼は「本当にありがとうございました」と頭を下げ、「営業、頑張っています!」と言ってくれました。一番したかった質問を投げる前に、一番欲しかった答を早々にもらえた私は、何だか力が抜けてしまいました。何とも言えぬ幸せな気分で、二言三言言葉を交わし、私は「本当に良かった。今日も良かったよ。頑張ってね」と言って彼を職場に帰してあげようとしました。すると彼は、「あの・・・」と言って、カバンから何やら折りたたんだ一枚の紙きれを取り出し、それを開いて私に見せたのです。
よれよれになった、二年前のフィードバックレポートでした。

 

「言われたことを忘れないように、毎晩寝る前に読んでいました」

 

手垢で汚れたレポートの文字が、さらに滲みました。

 

 

自分の場所を得た宝物

社長室では社長が満面の笑みで迎えてくれました。まだ興奮と感動が冷めやらぬ私の中では、彼の営業部での様子を尋ねる必要などもはや無くなっていましたが、それでも社長の笑顔がS君の営業部での活躍を無言で語っていて、私を更に脱力させました。

 

それから社長は、S君がこの二年間でたくさん「成功体験」を積んだことを、ゆっくりと話してくれました。そして「おかげさまで」と頭を下げて下さいました。私にとって最高に嬉しい「おかげさまで」でした。「社長は、S君を見せるために、そしてこの話をするために、今日ここに私を呼んで下さったのか」と遅まきながら悟りました。

 

最後に社長が、ほんの付け足しのような口調で言い添えました。
「そう言えばS君、この四月にわが社で史上最年少の課長になるんですよ」両の手のひらにダイヤ

 

 

B社を出た私は、電車に乗るのももどかしく、近くの定食屋に入りました。そして、せわしなく昼飯をかき込む人たちを尻目に、一人、ビールで祝杯をあげました。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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