最近では少し知名度も上がり、アセスメントの演習以外に研修などでも利用されることが増えたインバスケット演習ですが、当時はアセスメントを受けた人の目にしか触れることがなかったので、世の中のほとんどの人にとって(もちろん私にとっても)未知のものでした。
グループ討議が終わって知的好奇心に火が付いてしまた私は、今度は参加者全員が一同に集められた大部屋の一角で、「今度は何をやるのだろう」と次の展開を待っていました。まだ1時間しか経っていないのにグループ討議をやる前の心持ちと比べてこの違いは何なのだ w と、自分の変節を可笑しく思いました。
インバスケットが配られました。分厚い封筒の中にたくさんの書類が入っていて、その分量と2時間という制限時間との折り合いを考えるだけで相当なストレスでした。でも、「さっきのグループ討議では集団という要素と課題の難しさがストレスになったけど、今度は時間と分量か」などと変に冷静に分析したりして、とにかくその場を楽しんでいたようにも思います。その時既に私の中で採用選考に合格することへの期待は消えていたのですから、気楽なのも当然です。
インバスケットは、「制限時間内に未処理箱(英訳するとインバスケット)に山積みになっている案件を処理する」ことを求められる演習課題です。
どこか(遠くの支店など)の管理職が病気か何かでいなくなる
→主人公(受験者)にその後任のお鉢が回ってくる
→「急に言われても、俺、来週から海外出張だよお」という訳で、すぐには赴任できない
→「出張に出る前に赴任先に2時間だけ(インバスケットの所要時間です)立ち寄って、休みがちだった前任者の未決済箱にたまっている未処理案件をできるだけ処理してきてよ」という無理難題を上司から突き付けられる・・・
インバスケット演習の前提として設けられているのはだいたいどこでもこんな設定で、あの時もこんな感じだったと思います。「出張中はメールも電話もできないから、その2時間で誰も困る人がいないような処理をしてね」という突っ込みどころ満載の設定もあるのですが、私はなぜか違和感を抱くことも無く、素直に課題を受け入れたのでした。
未知の設定に身を委ね、膨大な情報に翻弄されながら、私は興奮していました。何かに衝き動かされるように夢中で鉛筆を走らせていると、「きっと自分がしたためたものに自分の本質が集約されてしまっているのだろう」という実感が生まれてきました。そして、どんどん自分が丸裸にされていくような気がしました。
2時間はあっという間に過ぎました。終わった時は興奮状態というより、もはや躁状態でした。自分なりに思い切って「にんげんビジネス」の世界に足を踏み入れて以来ずっと求めていたものが目の前に現れたので、舞い上がってしまったのだと思います。試験会場を後にした私は、当時住んでいた長野県の松本へと帰途についたのですが、いつもは乗車後即爆睡のあずさの中でも、目がらんらんと冴えて一睡もできずじまい。家に帰ると、奥さん相手にアセスメントの凄さを延々と語り続けました。いつもはまとわりついてくる当時4歳の娘が、異変を感じたのか部屋の隅で私を遠巻きに眺めていたのを覚えています。
これが私のアセスメント初体験です。今から18年前のあの日、私は、今毎日のように取り組んでいる「採用アセスメント」を受ける側の立場で経験しました。そしてその日、人を見抜く手法を喉から手が出るほど欲しがっていた当時の私は、初めて出会ったアセスメントにその可能性をはっきり見い出したのだと思います。
18年前の事なのに、これだけはっきり詳細までを覚えているということに驚いてしまいますが、それだけ私にとって衝撃的であり記念すべき1日だったのでしょう。その後生涯の生業とするものに出会った日なのですから、当然と言えば当然ですが。