小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑭ 正しく優秀な人を選ぼうとすると、女性ばかりが浮上する。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑭ 正しく優秀な人を選ぼうとすると、女性ばかりが浮上する。

「女性の方が優秀なのでは」という疑惑

新卒採用のアセスメントで、合格となる学生の九割以上が女性で、男性は一割にも達しません。もちろん評価基準は同じです。お客様は、毎回ショッキングな現実を突きつけられることになるわけですが、意外と皆さんが驚きを示さないことを、時々少し不思議に思います。もしかしたら、アセスメントを導入する前のもっと早い段階で、誰もが薄っすらと感じていたことなのかもしれません。「なぜそうなんだろう」と、男性としては当然気になるところで、アセスメントが終わると毎回そのことがお客様との間で話題となります。私を含めて、全員が自分のことを棚に上げていて笑えます。ある日ある社長さんがこんなことを言いました。

 

「もともと女の方が賢いことなんて皆わかっていたのだけれど、それがばれて失権するのを恐れた男たちが、必死で男性上位の世界を作って女性の居場所を潰し続けたんじゃないの」

 

その日、その社長さんは私たちの中でスターになりました。

 

顧客各社の社員や応募者と接する中で、私は「同じものを見た時に得られる情報が、個人差はあるにしても総じて女性の方が多いのではないか」という仮説を持つに至りました。情報をより多く集められるか否かで思考の質が決まるのですから、この仮説が正しければ、思考という取り組みに関しても、思考力を前提とするマネジメント能力についても、女性に優位性があるはずです。

 

なぜ「女性の登用」「女性を活用」などと声高に叫ぶのか

私はここで「男は女より劣っている」と一生懸命訴えたかったわけではありません。少なくても、女性が思考力やマネジメント能力において男性より劣っているとは考えにくいのに、世の中の偉い人たちが、ことさらに「女性を登用」とか「女性の活用」などという言い方をすることが気持ち悪くて仕方が無いのです。もしかしたら自分たちより優秀なのかもしれない女性に対して、男たちが「がんばって活用する」などとあたかも「優れた者が劣る者を無理して使う」のような言い方をしていることに、私は強烈な違和感を抱きます。国会で政府が経済界に「一企業あたり一定数の女性を役員に登用してください」などと要請しているのを見るたびに、「普通に優秀な人を役員にしていたら、放っておいても半分を超えるのに」と思ってしまいます。昔私が駐在していた香港でも、よく仕事で訪れたシンガポールや台湾でも、頼りになる経営者や管理職の多くが女性だったのを思い出します。

 

ひと昔前に、「女性は感覚的で感情的だからマネジメントに向かない」などという声をしばしば耳にしました。もちろん男性から出た言葉です。「感覚的」とは「どの情報を処理したかを意識する間もなく複数の情報が瞬時に概念化される様子」であり、思考力が高いことを意味します。女性が男性より感情的だという根拠もありません。男性経営者の中にも感情的な人は山ほどいます。「あの社長」の言ったことは、やっぱり当たっているのかもしれません。

 

気がついたらダイバーシティ

私たちが採用支援を始めると、その会社が採用する人の中に女性の占める割合がぐんと増えます。顧客企業の中にはどちらかというと男性社会の色合いが強い業界に属する会社も少なくありませんし、内心「できれば男を採りたい」と思っていた社長もきっといらっしゃると思うのですが、アセスメントで応募者の本質が炙り出されるのを目の当たりにした社長さんは、応募者の性別などあまり気にならなくなるようです。人間は合理的に損得を考えられる状況に至ると、通念や一般論などが些末なことに感じられるのでしょう。私たちのお客様の中には、多くの女性を採用し、その女性たちが活躍して、社会の耳目を集めた会社が数多くあります。ダイバーシティ関連で表彰された会社も何社かあるのですが、その中の一社の社長が照れながら言っていました。「気がついたらダイバーシティ」

 

思えば私たちの採用アセスメントの黎明期には、「結婚リスク」や「出産リスク」のような今となっては懐かしくなるような概念が取り沙汰され、議論もありました。でも、「起こってもいないことを考える前に、今そこに優秀な人がいたら採りましょう」「男だっていつ辞めるかわからないのだから」という合理的でダイナミックな考え方が採用現場に根付くまでに、あまり時間はかかりませんでした。そうした空気がより一般的になっていけば、スマートに結婚や出産と仕事との折り合いをつけられる女性が更に増えるのだと思います。

 

組織作りにおいても、古い通念を捨てて今まで目を逸らしていたものに向き合うようにすれば、必然的に女性管理職は増えていきます。女性管理職が増えていけば、男たちは何も言わなくなります。優秀な管理職が増えれば、経営者は楽になり、間違いなく得をするのです。

 

合理的な損得勘定に徹し、「気がついたらダイバーシティ」となるのが、経営者のあるべき姿だと思います。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

0 Comments

Leave a reply

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です

*