小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑩ 採用基準は、マネジメント能力に集約されるべきである。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑩ 採用基準は、マネジメント能力に集約されるべきである。

作業領域とマネジメント領域

「仕事の場ではどんな仕事力が求められているのか」を考える時、まず、世の中の仕事は「作業」と「マネジメント」という二つの領域に大別できることを前提として認識する必要があります。異なる特性を持つそれぞれの領域は異なる仕事力を求めます。

 

まず、定型業務が求められる既知の場が作業領域です。過去に経験のある業務に取り組み、定められた段取りに従って決められたゴールに向かいます。経験則に従って進むので、自力で方向性を決めたり判断や意思決定を行ったりする必要はありません。したがって思考は求められませんが、情報を出し入れする情報処理力(学力)は必要です。全てにおいて経験知を当てはめることができるので、困難に直面して停滞することはなく、費やした時間なりの成果が積み上がります。これから取り組む分量がわかれば、過去の経験からその処理に費やす時間が推察できます。

 

一方、非定型業務が求められる場がマネジメント領域です。未知の世界なので、経験知に依存する事はできません。その時得られる多様な情報を処理して自らが方向性を決め、段取りも決め、自分の力で判断や意思決定に進むことが求められます。自分の頭で考えないと、状況を打開できません。経験知をそのまま当てはめることができる場面はありません。過去に経験の無い業務ですから、どれくらい時間がかかるか見当もつきません。それどころか、終わるのかどうかもわかりません。膠着や停滞の連続は当たり前で、何のアウトプットも出ないまま時間だけが経過することも、ごく普通に起こり得ます。

 

マネジメント領域で動く事ができる実務者

「まだ役職を持たない実務者の主戦場は作業領域」と思われがちですが、実際は、作業領域だけに留まって仕事ができるわけではありません。作業中に経験知だけでは対応できないイレギュラーな事態に遭遇した時点で、そこはマネジメント領域へと変わります。また、対人場面は、極めて定型的なもの以外、全てマネジメント領域です。人は感情という非定型的なものを携えた「生もの」だからです。対人場面を作業領域化しようとする人を時々お見かけしますが、そこに生産性は生まれません。マネジメント領域は、マネージャーだけに与えられた領域ということではなく、入社一年目の新人の前にもマネジメント領域は広がっています。優秀な実務者は、作業領域の業務を確実にこなしながらも、必要に応じてマネジメント領域で動くことができます。指示されたことをこなすだけでなく、マネジメント領域においても自分で考え自分で動くことができる実務者が、「気が利く」「仕事ができる」などの評価を得ているはずです。

 

作業領域に逃げ込もうとするマネージャー

一方、マネージャーが、マネジメント領域で動く事は本来当たり前のことで、欧米などではマネージャーはマネジメント領域で動くことが契約で求められます。「作業領域には立ち入るな!」ということです。ところがわが国では管理職の大半がプレイングマネージャーであり、作業領域への侵入が許されてしまっています。歴史的背景や諸々の事情があって日本にこの特有の仕事文化が根付いたわけですが、このことが日本企業のマネジメントパワーを弱くしていることに疑いの余地はありません。マネジメント領域での仕事は、先の見えない孤独な戦いとなることが多く、心身に負担がかかります。おまけに、自分が費やした時間なりに成果が積み上がるわけではないので、「時間をかけたのに何も生まれない」「周囲からさぼっていると見られはしないか」のような葛藤とも対峙せねばならず、心穏やかではいられません。そんなマネジメント領域に自ら足を踏み入れそこに留まろうとする人には、未知の場面でどこに向かってどう動くかを自分で思考する力と、自分のためだけでなく人のために動こうとする意識が備わっているはずです。一方、それが足りないマネージャーは、いつも作業領域に逃げ込み、マネージャーでありながらマネジメント領域には近づきません。ここに、「困った管理職」の本質があります。

 

マネジメント領域で動くための力

「マネジメント」や「マネジメント能力」は、管理職などのマネジメント職だけに付随する概念ではありません。生産性の高い組織ほど、新入社員から管理職や経営職まですべての層において、マネジメント領域で動くことができる人を求めます。そのマネジメント領域で動くための仕事力が、マネジメント能力です。「マネジメント能力とはなんですか」と尋ねると、多くの人が「管理能力」「組織運営能力」と答えますが、それは一部であって網羅的な回答ではありません。

 

マネジメント能力は、以下のように定義されます。

経験知を持ち込めない未知領域で、自力で思考し、自力で目標やプロセスを設定して、組織や全体や他者の為に質的生産性の獲得に向けて自力で進む力」

わかりやすく言うと「組織のために自分の頭で考え自分で動く力」であり、そこに必要とされる具体的な仕事力は、「考える力(思考力)」と「人のために動く力(利他性)」です。この力に欠ける人は、未知の領域に入ると動けなくなり(そもそも動く気にもならず)、管理や組織運営どころではなくなります。

 

どんな業務においても、どんな階層においても、「仕事ができる人」が必ず備えている集約的な要件が、「マネジメント能力」なのです。したがって、いかなる場合でも人を採用する際の基準は「マネジメント能力」であるべきです。もちろん私たちの新卒採用アセスメントにおいても、ターゲットは常に「マネジメント能力の持ち主」ということになります。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

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