小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑥ 輝かしい経歴の人であっても、生産性が担保されるとは限らない。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑥ 輝かしい経歴の人であっても、生産性が担保されるとは限らない。

大企業って本当にすごいんだね

十数年前に、ある金属加工会社の社長から「中途採用で総務部長を採用したい」というお話がありました。それまでその会社には管理部門が無く、総務的な仕事は社長と経理担当の奥様が片手間でこなしていましたが、短期間で従業員が百名超えにまで急増したこともあり、総務や人事を担当する「管理部門」を作って責任者を置くことにしたのです。

 

社長は早速十社ほどの人材紹介会社に声をかけ、採用アセスメントを実施するための選考母集団作りを始めました。人材紹介会社には「大卒 上場企業での総務または人事部長経験者」というハイスペックの求人を出すと聞いていたので、果たして人が集まるのかが不安だったのですが、蓋を開けてみると集まった応募者の数は八十人を超えていました。

 

お盆明けの三日間を使って採用アセスメントは予定通り行われましたが、結論から述べると合格者はゼロでした。八十人以上の「ハイスペック人材」をアセスメントしながら、検討に値する人さえもおらず、全員にはっきりとしたリスクが認められました。まず、殆どの応募者が誠実さや真摯さに欠けていました。「上場企業の部長だった俺様がこんな小さい会社に来てやろうとしているのにこんなことやらせやがって」のような傲慢な空気を、多くの応募者から感じました。実際、グループ討議への参加を強いられることに対して、露骨に嫌な顔をする人もいました。「こんなことをさせられるのは私の意にそぐわない」と叫び開始早々席を立った人もいて、未だに伝説となっています。

 

十五本実施したグループ討議は、どの回も大賑わいでした。参加者の皆さんが競うように発言機会を求めたので、場が静かになる瞬間の無い、一見活発な討議が続きました。しかしその場で与えられた課題に向き合って思考しようとした人はほぼ皆無で、誰もがカビが生えたような経験談や一般論を撒き散らしていました。そもそもその人たちは、最初から与えられた課題と真面目に向き合おうとせず、何か言えることを探すような課題への接し方でした。長い間社会人をやっている方々だけあって、他のメンバーの発言時にはそれなりに傾聴の姿勢を作るのですが、実はまったく聞いていないことが明らかでした。課題を読まず、人の話を聞かず、誰もが自分の殻の中だけで動いているのに、あたかもコミュニケーションを取っているかの如く取り繕われている討議を、とても気持ち悪く感じたのを覚えています。

 

結局社長は中途採用を諦め、以前から目をかけていた若手の技術者を異動させ、総務部長候補として育てることにしました。私の中には「無駄な時間とお金を使わせてしまった」という苦い思いしかありませんでしたが、人格者の社長が「勉強になったよ」と言ってくださったのでずいぶんと救われました。社長はこうもおっしゃいました。

 

「大企業って本当にすごいんだね」

 

これもまた、伝説的名言として私たちの間で語り継がれています。

 

思考力の劣化?

その後も中途採用のアセスメントでは、あの日と同じような光景がずっと繰り返されていますので、どうやらあの時だけが特別酷かったというわけではないようです。十数年もの間、私たちが携わる中途採用アセスメントの成果は一貫して芳しくありません。新卒採用の合格率が一割前後であるのに対して中途採用では数パーセントに留まるのが普通です。経験や知識ではなく仕事力を診断の対象とする採用アセスメントでこれだけの差がついてしまっている現状に触れるにつけ、「社会に出て経験を積むに従って思考力が劣化する人が多いのではないか」という私たちの仮説が確信に変わっていきます。

 

❖決して忘れてはいけない重要公式❖ に、また登場してもらいます。

 

そして、「経験から得た情報 ✕ 仕事力=生産性」の「仕事力」を最重要仕事力の「思考力」に置き換えて「経験から得た情報 ✕ 思考力 = 生産性」としてみます。この公式の思考力にゼロを入れると、経験豊富なおじさんたちが頭を使わずにしゃべりまくり全く成果を出せなかったあの時のグループ討議が脳裏に蘇ってきます。

 

人は会社に入って時を重ねると経験知を積み増していきます。経験知が増えると思考しなくても楽に業務を回せるような気になって、ますます経験知への依存が強化されるとともに、思考する機会と意欲が減じて思考力が劣化していきます。思考力の劣化に連れて経験知に依存しないと動けない状態に陥るので、経験知への依存は更に進みます。この恐ろしいループを経て、思考停止のベテラン社員が出来上がります。

 

思考できない人は未知の場面で動くことができません。中途採用された人には早速未知の場面が広がるので、輝かしい経歴に目が眩んで思考力に欠ける人を採用してしまうと、その人が新たな職場で「何もできない人」という烙印を押されるまでそれほど時間はかからないでしょう。世の中で頻発する中途採用の失敗は、あの重要公式の「✕」が採用側によって勝手に「+」と書き換えられてしまうことで起こります。いかなる経験や知識も、それを持っているだけでは生産性に繋がりません。それを忘れると失敗は何度でも繰り返されます。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

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