小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑨ 採用選考に効率化を求めてはいけない。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑨ 採用選考に効率化を求めてはいけない。

採用選考プロセスを簡略化しなくては

「採用に携わる社員の労務コストを軽減したい」「何度も選考審査に臨む学生の負担を軽減したい」などの理由から、採用選考プロセスの軽減を検討する企業が増えているようです。金科玉条のごとく採用効率というキーワードを連呼するメディアや「あまり選考の多い会社は応募者が敬遠するので」などとのたまう人材紹介会社などに乗せられてのことなのかもしれません。「採用効率の改善」や「楽をしたい応募者に媚を売ること」と「採用リスクを減らすこと」とを天秤にかけるのは、量と質を天秤にかけることです。価値観の違いだけはいかんともしがたく、どちらが正解とも言えません。しかし、少なくても質の高い人を採用したいと本気で考える経営者なら、応募者の行動を観察する機会を自ら手放すような愚を犯すことはしないと信じたいところです。

 

行動が人の能力を表現する

「応募者の本質的な能力を知りたい」というニーズを満たす手法は、行動分析しかありません。人の能力を最もよく表現するものは行動です。行動を観察して行動情報を適切に処理すれば、その人の本質がわかります。人から得られるその他の情報としては「話したこと」や「書いたもの」があり、それらの方が、目の前に文字や音声などの実体的な情報が示されるので取り扱いは便利です。しかし、それらにはその人の本質以外の色々なものが混じるので、そこからその人を知ろうとすると少なからぬ誤差が生まれます。人を採用しようとする企業が応募者の本質を知りたいと願うなら、その企業は採用選考の場をアウトプットの分析でなく、行動分析の機会と位置付けるべきだと思います。しかしながら、わが国の採用現場において、応募者の行動に集中して向き合おうとする採用関係者は多くないと思われます。どちらかというと、応募者の「話したこと」や「書いたもの」を重視し、その内容を採否の判断材料にしようする方が圧倒的に多いのではないでしょうか。大半の採用関係者が応募者の行動に向き合おうとしないのには理由があります。

 

人を行動分析から遠ざける理由

まず「人の行動を観察して能力を推察する知識と技量を持たないから」という技術的な問題があります。しかし、今まで多くの人を縛り付けてきた旧来の通念を振り払い、この本で述べているような行動と能力の因果関係を学び、より多くの採用現場を経験して応募者の行動情報を処理する訓練を重ねることで、この問題はクリアできます。本当にやろうと思った人が真面目に取り組めば、人を見極めるためのスキルを備えることは可能です。

 

もう一つは、「人の本質的な能力を映す行動は採用選考の場でなかなか顔を出さないから」という構造的な問題です。例えば、思考力のような仕事の生産性に直結する重要な仕事力は、心の奥の深いところで静かに作動するので、見えやすい行動によってアピールされることがありません。そもそも思考力は問題解決の機能を持つ能力なので、何か問題の起こっている「有事」の下でないとその姿を見せてくれません。一方で思考しない人が思考しているように見せるアピール行動は、概して派手でスピード感に溢れるのでよく目立ち、そうでなくても見えにくい重要なものを更に覆い隠してしまいます。「行動と能力の関係を知っていても、重要な能力を映す行動をキャッチできない」という大問題が、人の能力を見極めようとする人たちの上にのしかかります。

 

応募者の行動情報を増やすために

情報化時代に生まれ育ち就活対策も万全の大学生たちにとって、採用選考の場は本質的な行動を炙り出してくれる「有事」とはならないようです。したがって、それでも行動分析に挑戦しようとする採用関係者に残された方法は、なるべく応募者の行動と接する機会を増やし、ふとした時に覗く応募者の行動の綻びを拾い集める「我慢比べ」のような取り組みのみとなります。ちなみに、多くの企業が、「面接」を採用選考の肝に据え、そこで応募者を見極めようとしますが、一時間足らずの時間内に観るべき能力が十分に示されるとは考えにくく、結局応募者の見せるための行動に躍らされてしまいます。採用面接は、会社と応募者が「やってほしいこと」と「やりたいこと」をすり合わせる情報交換の場としては重要ですが、応募者を見極める場としてはあまり機能しないものと考えた方が良いと思います。したがって採用側は、採用面接以外に採用関係者が応募者の行動に触れられる機会をできる限り増やすことを考えなくてはなりません。応募者が会社に初めてアプローチした時から合否の判定を下すまでの時間に、採用関係者と応募者との接点をたくさん作ることができれば、その接点においては必ず応募者の行動が発生します。また、それらの行動群は無意識の行動も多いので、採用面接での行動よりは有益な使える情報になり得ます。説明会での話の聞き方や社員との懇親会での様子、グループワークやグループ面接での行動、選考会場に入るまでの待合室での様子、メールや電話でのコミュニケーションの取り方、など、それらすべてが、応募者の発する貴重な行動情報となり、そうやって相当量の行動情報を集めることで初めて行動分析の土俵に上がることができるのです。

 

「採用選考プロセスを簡略化しろ」と言うことは、「行動分析などするな」と言っているのと同じであり、「応募者を見極める」という取り組みを否定するものです。それが自分の会社にとって良いことなのか、全ての経営者に自問してほしいと思います。

 

ここで採用選考の簡略化を煽り立てるすべての人に言っておきたいことが一つあります。

優秀な学生は、自分をもっとよく見て欲しいと思い、

そうでない学生は、あまり見られたくないと考えます。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

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