体育会の変容
私が高校や大学でラグビーをやっていた頃、ランパスという練習がありました。数人が並んでグラウンドの端から端までをただパスをつないで走る基礎練習です。夏合宿などではランパスの数が増えるのが普通で、最後の方は苦しくて泣きながら(吐きながらの奴もいました)もがくように足を前に進めたのを覚えています。「ボールをもらったら必死に走り、自分が一番前に出てから後ろを走る相手にパスをする」ということを繰り返す基礎練習なので初心者には役に立ちますが、それ以外のプレイヤーにとって技術的に教わることが多い練習とは言えません。ではなんでやるのかと言えば、そこに用意される答は、「あの時あんなしんどいことを乗り越えたんだという自信を苦しい時のよりどころにできるように」という精神論しかありません。当時の私たちは、非科学的で一見合理性のかけらもないこの練習を忌み嫌いながらも、心の奥底ではその精神論を受け入れていたように思います。だから「俺はこんな練習馬鹿らしいからやめる」などと言う奴は一人もいませんでした。
しかし今、高校や大学でランパスをやらせているコーチはほとんどいないと聞きます。あるラグビー関係者がこんなことを冗談交じりに言っていました。「今時学生にランパスなんてやらせたら、パワハラと言われますよ」あながち冗談ではないように思いました。その人はこうも言っていました。「今の学生にあの練習をやらせたら、すぐに誰もいなくなる」
ラグビーに限らず、今の大学生アスリートは、練習に理論的裏付けを求めるそうです。無駄な練習を排し、科学的に意味のある練習を集中的に行うことが、一般的に大学スポーツ界の前提となりつつあるようですが、その方が学生の技術を効率的に高めることができるので、多分スポーツ界としてはとても良いことなのだと思います。
一方、一般社会が体育会出身の学生に期待するものは、一部の例外を除き競技技術の高さではありません。「粘り強い」「上下関係がしっかりしている」「礼儀正しい」など、人によって期待するものは様々だと思いますが、実は体育会の学生を好む人の大半が彼ら彼女たちに内心大いに期待しているものがあります。それは「不条理への耐性」です。「社会にでれば不条理なことばかりだから、そしてうちの会社も不条理ばかりだから、四年間辛抱して不条理なことにも気持ちを折り合わせてきた学生なら、わが社でもうまくやってくれるだろう」ということなのでしょうが、今の体育会の学生は不条理な世界に耐えてきた人たちではありません。「粘り強い」「上下関係」「礼儀」も、もはや体育会の学生が持つ優位性とは言いにくいかもしれません。少なくても昨今の体育会は、ひと昔前の企業の偉い人たちが好むような人間を養成する場所とは言えないようです。
経歴そのものに価値は無い
まず体育会の例を挙げましたが、昔から企業の経営者や採用関係者には特定の経歴の持ち主を好む傾向があります。例えば「海外留学経験者」も採用に携わる皆さんの大好物のひとつです。語学力も魅力なのでしょうが、「きっと自立しているであろうから」というのが主な理由だそうです。しかし、私たちはこれまで新卒採用アセスメントで何百という海外留学経験者をアセスメントしてきましたが、精神的に自立していない学生が大半でした。今や誰でもお金さえ払えば留学でき、現地では日本人同士で群れ合い、大した成果も得ずに帰って来る人が多いのだから当然でしょう。留学先において死に物狂いで勉強し、何かを成し得て帰って来るような「自立した人」ももちろんいますが、そのような人は留学したからそうなったわけではなく、たまたま自立した人が留学して成功した例に過ぎません。だから留学経験者を見てその人を自立した人だと決めつけると、大抵、後で残念な思いをすることになります。
昔は、体育会出身者や留学経験者の中に企業が好むような特性を持つ人が今よりは多かったのかもしれません。でも時代の変化とともに、それらの経験を作る場の前提や環境が少しずつ変質し、そこで経験を積む人の質も変わり、そして、その経験にアプローチする人の志向も変わってきたのでしょう。少なくても私たちの採用アセスメントにおいては、体育会の学生や海外留学経験者の合格率は、一般的な合格率と変わりません。どんな魅力的な経験をしたとしても、その経験が仕事の場で活きるか否かは、その人の仕事力次第です。その経験を得る時にはその人の仕事力がほぼ確立されているので、経験によって仕事力が大きく変容することはありません。低かった仕事力を高めてくれる経験など無いのです。「この経験をした人は仕事ができるはず」などという都合の良い因果関係はもはや存在しないものと早く諦めたほうが良さそうです。
私たちと共に採用アセスメントに取り組む経営者や採用関係者の皆さんは、応募者の経歴に驚くほど関心を抱きません。アセスメントで仕事力に向き合うことに慣れれば慣れるほど、経歴そのものに価値があるわけではないことを実感として理解するからだと思います。採用アセスメントの通過者が出て、私たちがその会社を離れてから、そこで皆さんは初めてその人の経歴と向き合うことになります。
「あの人体育会なんだね。そんな感じするね」
「海外留学経験者かあ。芯が通っている感じがすると思った」
応募者の経歴は、仕事力が見極められた後で、あくまで補完情報として取り扱われなくてはなりません。経歴情報を仕事力の見極めに使おうとすると、採ってはいけない人に光を当ててしまうリスクが高まります。