小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑱ 会社の利害関係者から、紹介を受けてはいけない。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ⑱ 会社の利害関係者から、紹介を受けてはいけない。

危険です!

経営者や人事関係者が、知り合いから「優秀な人がいるんだけど要らない?」などと持ちかけられることがあります。その人の経歴がその時のニーズにぴったりだったりすると、「ラッキー」とばかりに良い返事をしてしまうかもしれません。また、特に採用を必要としていなくても、「あの人が優秀と言うなら採っておこうか」と会社の入口管理を緩めてしまうこともあるでしょう。

 

さすがに経営が苦しいことが分かっている会社にそんな声をかける人はいないと思います。人を紹介されるということは、会社が世間からそれなりの評価を得ている証拠でもあるので、紹介された側としては悪い気がしないでしょう。しかし、その時点で自分たちが危険な道に足を踏み入れつつあることを認識しないと、その先には高い確率で悲劇が待っています。私が知る限り、人から紹介を受けての採用が良い結果になることはあまりありません。

 

リスクだらけ

前にも述べたように、世の中の人が考えている以上に「優秀な人」が少なく、一方、環境が変わると顕在化しやすいリスクが内在している人は多いという事実があります。そんな中で、「優秀だよ」という言葉を真に受け、その人の本質と向き合うステージを省いて採用を即断してしまうのは、勝率一割以下のギャンブルに突っ込んでいくのと同様の暴挙です。そもそも、紹介者は何をもってその人を「優秀」と言っているのでしょうか。

 

ずっと一緒に仕事をしていて生産性の高さを日々目の当たりにしていた人を紹介しようとしているのであれば、「優秀」と言う言葉に少しは信憑性が宿りますが、実はそのようなケースはあまり無いのです。大抵は、人から聞いた「優秀」「仕事できるよ」などという言葉を、そのまま横流ししただけです。人づての「優秀」ほど、あてにできないものはありません。優秀の正しい意味が共有されている世の中ではないのですから。

 

「紹介された人でも通常の選考試験はやりますから」と、紹介された人を必ずしも採用するわけではないことを強調する会社もありますが、紹介された人を不採用にするということになると、経営者や採用関係者は結構なエネルギーを使うことになり、もちろんストレスも伴います。自信を持って薦めた人を選考で落とされた紹介者は、表面的には冷静さを取り繕うでしょうが、多少なりとも感情的なしこりは残ります。また、紹介者が重要な取引先だったり銀行だったりしたら、「選考でダメだったら落としてもいいよ」と言われたとしても、その後の利害を考えると「落とす」という選択肢が事実上消えることもあるのではないでしょうか。

 

建前としては採用が前提となっていない紹介でも、紹介者が近い人であればあるほど、「できれば採ってあげたい」と考えるのが人情というものです。その結果選考のハードルは下がり、選考のあちこちで顔を出したリスク行動も寄ってたかって揉み消され、事実上の無試験採用となってしまうことになります。人の紹介を受けた時点で、その人を採らなくてはならない状況がほぼ出来上がってしまうと考えた方がよいでしょう。

 

正しいスタンス

採用アセスメントを内製化されている私たちのお客様は、採用に際して人からの紹介を受けることはまずありません。経営者も社内アセッサーの皆さんも、「採るべき人」がいかに少ないかということを、身を持って体験しているからです。また、会社の命を受けた社内アセッサーたちが一生懸命アセスメントに取り組んだ結果を経営者が捻じ曲げることなどできるはずもなく、情実人事が許されない体制ができあがっているという背景もあります。紹介者が、「アセスメントをやってだめだったら落としますよ」と普通に言えるような関係の人である場合に限って例外もあるようですが、はじめから「紹介は一切受けない」という姿勢を前面に打ち出している会社が大多数です。小さい会社にとって一人の採用がいかに大きな意味を持つか、小さい会社が「採ってはいけない人」を一人採ってしまうとどんなに恐ろしいことになるか、を知っている経営者であれば、「紹介拒否」はあまりにも当たり前なスタンスだと思います。

 

リファラル採用

最近、リファラル採用と言う言葉をよく耳にします。 自社の社員に知人や友人を紹介してもらう欧米では一般的な採用手法のことで、日本企業でも大手企業を中心に導入が進んでいるようです。

 

ネットなどでメリットやデメリットが盛んに語られていますが、その中に「紹介の根拠の妥当性」や「紹介後の人間関係への懸念」への言及が少ないのが気になります。前述のように「優秀」と言う言葉が極めて曖昧に使われるわが国において、社員が何を根拠に知人や友人を紹介するのかという部分の不透明さは拭えません。単に「仲がいいから」「心強いから」などという自分の受益を重視して紹介される可能性も否定できません。また、紹介された人の採否や入社後の処遇や評価などを巡って、会社と紹介者、あるいは紹介者と被紹介者との間で、感情的な綻びが生じ得ることは容易に想像されます。自社社員という利害関係者との間で不毛な気遣いや葛藤が生じるような選択は、やはり避けた方が無難だと思われます。このリファラル採用は、あくまでも「量」の確保をサポートするしくみだと思います。どこまでも質を追求しなくてはならない小さい会社の採用とは、あまり相性が良くないような気がします。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

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