高速に乗る前に昼メシを済ませておこうと、「おぎのや」へ行ったら、駐車場に観光バスが一杯で、車を停める場所を探すのが大変だった。バスからはきだされる観光客の数がこれまたすごくて、車を進めるのにも一苦労。何事かと思ったら、どうやら今信州はもみじ狩りのシーズン真っ只中のようだ。そう言えば、先日白樺湖の峠を越えた時には、既に山がすっかり色づいて「サクマ式ドロップス」みたいだった。
観光バスの列の中に「神姫バス」の大編成があったので、その近くに車を停めた。僕は大学時代、このバス会社の大阪営業所で四年間「横乗り」のバイトをしていた。横乗りとは、観光バスの車掌のことで、バスガイドさんをつける必要のない団体には、安い学生アルバイトで済ませるのだ。法律で、どんな場合も誰かバス会社に属する人間を運転手プラスひとり乗せないといけないらしい。学校とクラブが休みの日にいつでもできるし、何しろ一日観光バスに乗ってるだけの仕事で最低六千円はもらえたので、とてもおいしいバイトだった。
このバイトのおかげで、僕は関西周辺のたいがいの観光地を知ることができた。学生の修学旅行などでは「みんなの人気者」気取りだったし、町内会の旅行などだと、もらったチップの額にびっくりすることもあった。
一方、お金をもらうからにはやはり苦労がつきもので、一番しんどいのは、お客のいない回送中のバスの中で、至近距離にいる運転手さんとコミュニケーションをとることだった。運転手さんの性格もいろいろなので、気持ちよく運転してもらうために自分がどうしていればよいか、どんな話をすればよいのか、自分なりに結構頭を使った覚えがある。この時の経験は、後の仕事に間違いなく生かされたなあ、と思う。
あまり良い思い出がない大学時代の中でピリッとしたアクセントをくれたそのバイトのことは、今でも時々思い出す。その思い出の観光バスが目の前にずらっと並んでいるのを見ると、二十年以上の時空を超えたような、変な感じだ。
十何人もの運転手さんとガイドさんや「横乗り」さんたちが集まって談笑している場所を覗いてみた。二十何年か前の僕はこんな中にいたんだなぁ、と、思った。その中に、多分僕が昔何度かご一緒した方ではないかなぁ… と思われる人がいた。当時「若手ドライバー」だったその人は、お兄さんのような雰囲気で接することができて、「回送の時」を楽しく過ごせる人だった。朝、その人とのペアリングが判ると「ラッキー!」と喜んだ覚えがある。
その人のごま塩頭が、あの頃からいかに長い年月が経ったのかを思い知らせてくれた。もちろん、その集団の中に割って入って声をかける勇気もなく、心の中で再会の礼をして、僕はその場を去った。
高速に乗ってからも、軽い興奮が心地よく後を引いた。