小さな会社の採用革命=50の新常識= ① 大企業よりも優秀な社員を採用することが前提になる。

小さな会社の採用革命=50の新常識= ① 大企業よりも優秀な社員を採用することが前提になる。

「優秀な社員」の意味

「優秀な人」の定義は人によって違い、環境によっても変わってきます。しかしながら、今までお会いした数多くの経営者のほとんどが異口同音に「自分の頭で考え自分で動ける社員」を強く求めていたのは事実で、多分これが集約的な定義なのでしょう。未知の場面において自分で考え自分で動くことができない社員は、経験や知識の範囲内でしか動けないので、機転を利かしたり臨機応変に対応したりすることができません。もちろん新たな価値を生むことなど望むべくもないので、その人の生産性はぎりぎり給料分かそれ以下にしかなりません。会社の資産をできるだけ守りたい経営者は、当然ながら生産性の高い人材を求めます。したがって経営者にとっての「優秀な人」や「仕事ができる人」とは、生産性の高い人のことであるべきで、「自分の頭で考え自分で動く」ための思考力が求められるのです。

 

自分の頭で考え自分で動ける優秀な人を本当に必要とするのは、実は小さい会社です。膨大なしくみやマニュアルが社員をサポートしてくれる大企業と違い、小さい会社では、優秀とは言えない(思考できない)社員を守ってくれるものが概して十分ではありません。会社の経験知や成熟度が大企業よりは不足するので、社員の前には常に未知の領域が広がります。自分の頭で考えないと状況を打開できない局面が大企業よりもはるかに多いので、思考できない人がそこに関わると深刻な機能不全が生じることになります。大企業であれば、思考力が不足しても、ある程度の学力があれば日々の作業くらいは何とかこなせますが、中小企業に思考力に欠ける人が入ると、必ず困ったことになります。大企業と違って小さい会社は、給料分以下の生産性しか生まない社員を食べさせていける体力など備えていません。それ故に、小さい会社は生き延びるために何が何でも思考力を使って自分で動ける本当に優秀な社員を確保しなくてはいけないのです。

 

小さい会社の経営者は、よく「うちみたいな会社に、大企業にいるような優秀な人は来てくれない」と口にします。優秀という言葉からイメージしているものは多分学力秀才なのだと思います。最近は少し変わってきたとはいえ、確かにわが国では大企業や有名企業から学力の高い人を確保できる構造が出来上がっていますので、「学力の高い社員を持つのは難しい」と考えるのは無理もありません。わが国で生まれ育った経営者が、優秀という概念を学力(出身大学)と直結させてしまうのはある程度致し方ないところではあります。でも小さい会社の経営者がそんな通念に縛られている限り、会社をブレイクスルーさせるのは難しいでしょう。

 

学力と思考力

学力と思考力とはまったくの別物です。シンプルに言えば、学力は覚える力であり、多くの情報を高速で移動させる力です。覚えたことを繰り返せばよい作業領域では一定の威力を発揮しますが、マネジメントや対人業務など未知領域が絡む仕事では無力化しかねません。一方、思考力は情報を集めて新たな情報を産み出す力であり、ゼロからイチを創り出す力です。経験や知識をそのまま持ち込めない未知の場面で、情報を集めながら自分の進むべき方向を決めて自力で動くためには、この力が必要です。小さい会社では、覚えたことを使うよりも現場において丸腰で初見の情報を処理する場面の方が多いのですから、学力より思考力が求められるのは当然です。

 

学力の高い人は、「偏差値の高い大学の学生や卒業生」というわかりやすいグループの中に存在しますが、思考力の高い人が多く属するグループなどというものは存在しません。思考力の高い本当に優秀な人は、どんな学力層にもほぼ均等に存在するので、高学力が属するグループを縁遠く感じる小さな会社の社長さんにも、思考力の高い本当に優秀な人材と接触できる機会は平等に与えられているということになります。一方、多くの方が想像する以上に、わが国の中で思考力の高い人が少ないという現実もあります。砂漠で砂金を探すような取り組みになってしまうかもしれませんが、小さい会社にこそ思考する人が必要であることを理解し、「大企業が優秀な人を独占している」などという妄想が解けたなら、困難でもそこに向かって頑張るしかありません。まずは、応募者への向き合い方を少しずつ変えるところから始めてみてはいかがでしょうか。

 

応募者に向き合うスタンス

採用時に「指示したことをやってくれる人であれば」と考えて作業者を求めるか、「自分で考えて動ける人を」と考えて自立型の人を求めるかで、その会社のその後の成長曲線は大きく変わります。ハードルを下げて作業者を求めると、人を選ぶという意識が希薄になりがちで、その結果作業者としての機能も疑わしい人が増えてしまうことになります。

 

どんな役割を担う人を採用する場合でも、自分で考え自分で動ける人を求めるのが採用の王道です。前述のように思考できる人の絶対数が少ないわが国なので、なかなか思うようにはいかないことも多いでしょうが、小さい会社が自分たちのやるべきことをやろうと腹に決めて応募者を妥協無く選ぼうとする姿勢を持ち続けることが、逸材獲得と組織強化への最低限の前提となります。本気でいい人を採ろうとしなければ、いい人は絶対に採れません。会社が小さければ小さいほど、気持ちを強く持って妥協なき採用姿勢を貫くことが、会社のステイクホルダーに対する経営者の責務であると考えます。

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に憧れの関西に移り住み、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。 その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。 37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。 歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これで俺のラグビーとゴルフは変わる!」と、加齢という現実から目を逸らして盛り上がる。月イチで山へ芝刈りに行く日常は戻ったが、たくさん叩くのは足のせいではなかった・・・ことに薄々気づき始めた今日この頃。

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