天変地異【復刻版】-2008年8月29日公開-

天変地異【復刻版】-2008年8月29日公開-

都内で午前中のアポがあったので、朝早く上諏訪駅に向かった。いやに人が多い、というか溢れている。関東甲信の未明の豪雨で特急が運休らしい。中央道も冠水で通行止め。

 

電話でアポを翌朝に延期してもらい、ほっとして、駅の「タリーズ」へ。通勤通学の人たちを窓の向こうに見ながら、コーヒーとサンドイッチで一息ついた。こういう朝もなかなかいいねえ。

 

 

 

いったんオフィスに戻って、アセスメントのレポートを書きながら復旧のニュースを待った、が、結局夕方まで動かないという。仕方がないので、中央道の通行止め解除を確認して車で行くことに。

 

早朝のあずさに乗る前夜は、電車での睡眠時間を計算して深夜まで起きているので、今日もしっかり寝不足で運転が不安だ。僕の居眠り運転リスクを知っている社員から「今そこで寝てってください」と言われても、そうそう会社で大口開けて寝られるものではない。本気で寝たら歯軋りといびきがすごくて、みんな仕事できないよ。

 

というわけで、早めに出て休み休み東京に向かっていると、笹子トンネルのあたりで、突然豪雨に見舞われた。ひょうがかたまりでふってくるようなたたきつけるような雨だ。眠気が一発で醒めた。前は全く見えず、対処ができない。怖かった。

 

 

 

前例のないような気象現象。「前例がない」というところに底知れぬ恐ろしさを感じる。

 

先日ある農家の方が言っていたが、何十年も農業をやっていると、空気や風や、その他もろもろの五感で天気が読めるようになるそうだ。経験知に基づく勘でありパターンの習得であろう。

 

ところが、今年はその「スキル」が全く機能しないらしい。経験知が全く通用しないタイミングで今までにない量とパワーの暴風雨が来るので、去年までできていた準備ができずに被害を被ることもある、とのこと。

 

連日、やはり去年まではありえなかったような水の事故が報道されている。

 

 

 

地球が本気で怒っている。

 

 

 

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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