何かを書く時にはコーヒーショップをよく利用します。最近は「リモート勤務」とおぼしき人たちをよく見かけます。隣に人がいるのに携帯で長々と打ち合わせをする輩が多くて迷惑なのですが、社名や名前や仕事内容などが次々と耳に飛び込んで来ることが少なくありません。会社にとってはコロナ並みに大きなリスクだと思うのですが。

 

 

 

家の近所にはあらゆるチェーン店があり、気分や混み具合で入るお店を選びます。職業柄、どうしても店員の言動に意識が向いてしまうのですが、街中ではハードルを限りなく下げているのでストレスになることはありません。ただ、「人手不足なのはわかるけど、この人を採用しちゃいけないよね」としみじみと思ってしまうことはよくあります。

 

店員さんのサービスレベルを底上げしないとお店は間違いなく衰退します。しかし、昨今のアセスメントの状況から考えても、お客様にしっかり向き合える若者がそうそういるとも思えません。そこで、お客様に失礼が無いように店員を縛る「マニュアル」という「型」が必要になります。

 

コーヒーショップチェーンには、マニュアルでしっかり管理されているところとそうでないところがあるように感じます。前者のお店で心が触れ合うような接客を期待することはできませんが、お客様への配慮を「型として」教えてはいるので、少なくても嫌な思いをする頻度は少ないように思います。「この人を採用しちゃいけないよね」と感じるのは大抵後者のチェーン店です。

 

マニュアルなど無くてもお客様と自然体で向き合ってお客様の心を掴めるような店員さんを採用し続けることができれば、それが理想に決まっています。でもそれが現実的でない以上、店員に型を教えないのは会社の怠慢に過ぎません。私たちは、自分で考え自分で動くことができる人をいつも求めています。でも、現実を受け入れて人の能力と社会の要望との間に折り合いをつけるためには、「型」を教えることを避けては通れないはずです。

 

私が優先的に足を運ぶチェーン店があります。コーヒーの味が好きなのでついその店に行ってしまうのですが、お店の空気はよくありません。カウンターの向こうで私語に夢中のアルバイト君たちを眺めては、正しい形で「型」を教えることの重要性をあらためて思います。

 

 

前回のブログで「社会人としての常識だけ教えてあげれば」と書きました。つい最近まで学生だった人に社会人の「型」を教えてあげることは、新卒採用を行う会社の責務です。

 

社会人として最低限知っておかなくてはいけない知識を学べるタイミングは、意外と限定されてしまいます。社会に出て初めて入った会社で教えてもらえないと、その後ずっと大事なことを知らないまま歳を重ねていくことになりかねません。私の周りにも、「新入社員研修とか受けてないし、未だに名刺交換の時なんか不安になる」といつも言っているおじさんがいます。一人の社会人が生まれる舞台となる会社の経営者にそれなりの責任が生まれるのは当然のことです。

 

 

私は新入社員研修をやるのが大好きです。基本的にアセスメント以外の仕事は受けないのですが、新入社員研修だけは例外です。毎年四月にはあちこちの会社にいそいそと出かけて行き、アセスメントで採用した新入社員たちに元気をもらって帰ってきます。「ここで伝える概念をこの人たちは一生持ち続けることになる」と考えると、アセスメントの時とはまた違う気合が入ります。

 

「概念」と書きましたが、私は、社会人として望ましい意識や考え方を徹底的に伝えます。知識をただ覚えさせるような研修はやりません。例えば電話応対のロープレも、こんな感じになります。

 

「課長の〇〇は大阪に出張中です」

「会社の動きが社外に伝わったらまずいでしょ」

 

「△△は、今会議中です」

「『俺より社内会議の方が大事なんかい』って思われるよ」

 

「✖✖は、病気で休んでおります」

「社員の健康状態なんて守秘義務中の守秘義務だろ」

 

このように、「自分の頭で考えることをさぼると、どんな困ったことになるか、どんな怖いことが待っているか」を叩き込みます。それを繰り返すことで、新入社員たちの頭の中に、社会人としての行動規範が徐々に固まり、それが迷ったときに立ち返る場所となります。私は、これが正しい「型の教え方」だと思っています。

 

自分の頭で考え自分で動くことができない人が何とか前に進もうと思えば、何かに依存しなくてはなりません。「このように言えばいい」「このようにすればいい」のように「これを覚えておきなさい」というやり方だけで「型」を教えると、それは「考えたくない人」にとってこの上なく便利な依存先になります。教育や指導によって思考停止を助長してしまうのは馬鹿げたことです。とは言え、前述の「正しい型の教え方」は、少なくても「自分の頭で考える意欲」を持つ人に対してでないと無理が生じるでしょう。世の中の新入社員研修に広く正論を持ち込むのは、まだまだ難しいのかもしれません。

 

 

新卒採用を実施するお客様が増えたので、来春は少し忙しくなりそうです ^^

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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