エゴ【復刻版】-2008年12月4日公開-

エゴ【復刻版】-2008年12月4日公開-

全国の大企業で派遣が契約解除されたり、内定取り消しが出たり、極端な生産調整に急激な舵を切ったり、と大騒ぎだ。ピラミッドの頂点にある企業たちのこのバタツキぶりに強烈な違和感を覚えるのは僕だけだろうか。

 

大変な事態が起こっているのは確かだが、日本を代表する企業たちの「自己防衛」に我を忘れたこのあまりにも「迅速」な対応には思考停止の匂いがする。

 

日本のでかい会社はそういう時に「互助」も含めた本質的な問題解決に向けた熟慮熟考を行なう余裕を持つために、好景気の時でも収益の社員への還元や配当をなるべく抑え、内部留保を溜め込んでいるのだろう… と思っていたらどうやら違うらしい。

 

いたずらに世間の危機感を煽るような短絡的な反応をやめて、もう少しピラミッドの下部に位置する世界への影響力を勘案しながらリーダーとしての大局的な懐の深さを持って動けないものだろうか❔ と言っても無理だよなぁ。

 

儲けても儲けても、経営合理化の名のもとに本来の派遣のスキームを力でねじ曲げて健全な雇用体系を壊し続けながら、「企業内思考力の停止」「技術継承の停滞」などの長い目で見た実損に思考が及ばない人たちが財界トップにいる国だものなぁ。

 

 

 

「企業エゴ」は、「思考停止」の産物だとつくづく思う。

 

 

東京の世田谷に生まれ(昭和35年)鎌倉に育ちながら、高校卒業後に関西へ流れ、大学卒業時には立派な関西弁を話せるまでに成長する。大学で体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルが出来なくて干され、徹夜のバイトが監督にばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージーを抱いて泣きながら寝た。卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人達とプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に5年間の任期を終えて帰国。その後、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついに重度の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを活かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。「世間からの評価」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し今に至る。37歳の時に入社した人事系のコンサルティング会社でアセスメントセンターに出会って惚れ込み、これを生涯の仕事とすることを決意。39歳の時に今の会社を設立した。歳をとっても痛くて苦しいことが大好きな「変なおじさんたち」が集う中年ラグビーチーム(不惑倶楽部)に所属していたが、50を前にして捻挫をこじらせ距骨壊死というややこしい状態に陥って離脱。10年間手術を公言し続けるも諸事情で実現せず「切る切る詐欺」と揶揄されてきたが、還暦を直前に控えた2019年の暮れに突如人口距骨への部品交換を決行した。「これでラグビーもゴルフもばっちりだぜ!」と、元々の技量と加齢という現実を忘れて妄想中。

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