時間泥棒

新卒採用の「会社説明会」が終了し、参加した学生達が出口に向かい始めるタイミングで、「質問があるんですけど…」と開催企業の社員さんをつかまえる学生が、毎回必ず何人かは現れます。

 

「説明会の終わり際」は、運営する社員さんたちがとても大切にする時間帯です。会社の持つ雰囲気を学生たちに印象付けるその日最後のチャンス。参加者全員が気持ちよく会場を後にできるように、社員全員が再会への思いを込めて最後のひとりまで見送るのが、心ある企業なら必ず実践している「就職説明会の掟」です。

 

そんな時に出現するこのような「質問者」は、自分の気の済むまで長々と相手を拘束するのが常です。捕まってしまった不運な社員さんは、本来たくさんの学生に配らなくてはいけないはずの視線をたった1人に向けることを余儀なくされ、自分の役割を果たすことができず、心穏やかではありません。

 

しかし、大事な「お客様」である学生さんを邪険にすることは立場上できるはずもなく、出口に向かう学生達の同線が少し混乱しているのを横目に、自分の分まで忙しく動き回る他の社員達の動向や刻々と過ぎていく時間を気にしながら、最後までその「時間泥棒」に付き合うはめになるのです。

 

その説明会の終了後、「被害者」となった社員さんに感想を聞くと、ほとんどの人がこう言います。

 

「熱心な人ですね」「とても意欲的だと感じました」

 

あんなに迷惑を被ったのに、あんなに余計なエネルギーを使わされたのに、質問者への評価は概ね好意的になりがちです。「説明会の終了後に社員をつかまえて質問攻めにする」という学生の行動が問題行動と認識されるケースは非常に少ないのではないでしょうか。それどころか、その行動は心優しい社員さんたちによって「望ましいもの」と評価され、採用に向けてのポジティブ情報として記録されることさえあるようです。

 

このような説明会では、経営者や人事責任者のお話や、懇親会の後に、必ず質問する機会が与えられているはずです。そこでは黙っていながら、「自分だけの機会」を求めて変則的なアプローチに走る学生の心の奥には何があるのでしょうか。

 

一生懸命さをアピールしたかったのか、他の学生とは一線を画すような質問をして目立ちたかったのか、それとも純粋にその会社のことをもっとよく知りたかっただけなのか…。でも、その思いや動機が何であろうとそんなことはどうでもいいのです。問題は、その学生に、自分の欲望を抑えて他者の状況や都合を勘案する、という「大人の感性」が欠けているというその1点につきるのです。

 

「終了後の質問者」はそれぞれの持ついろいろな欲望にそのまま従って忙しい社員さんを捕まえます。常に自己目的に向けて自分本位に動く人だからこそ、普通なら声をかけるのがはばかられるような状況下でも、声をかけられる社員さんの都合や心情などお構いなしに「自分の思いを果たすこと」を優先させることができるのです。

 

当社の何社かのクライアントさんでは、会社説明会に出席した応募者については、原則的に希望者全員が1次選考の採用アセスメントに進みます。私たちも説明会に参加し、応募者の行動情報を取れるところでは取るようにしています。当然、「時間泥棒」の現場も押さえていますが、その人たちが数日後に実施される1次選考アセスメントを通過したことは、今まで一度たりともありません。アセスメントの中で終始自己中心的な行動を取り続ける「終了後の質問者たち」を目の当たりにする私たちは、一見意欲的に見えるあの行動が、この幼稚性に繋がっていたのだということを、毎度毎度確認することになるのです。

 

 

 

もうひとつ例を挙げると、「説明会」の会場に、開始時刻の20分も30分も前に入場してくるような応募者も、時間泥棒予備軍です。とにかく自分が安心したいばかりに、とりあえず早く入場してしまおうという気持ちだけで動き、「受け入れ側の都合」への勘案というものが欠けているのでしょう。実際、準備中の説明会会場で、早すぎる来訪者に混乱する開催企業の社員さんをよく目にします。

 

説明会だけでなく、採用アセスメントの会場に異常に早く来てしまう応募者も少なくありませんが、20分以上早く来た応募者でアセスメントに通過した例は、やはり皆無です。

 

私が新入社員だった頃は、先輩や上司から、「お客様と外で待ち合わせる時は、とにかく早く行って待ってろ」「お客様のオフィスに行く時は、アポ時刻よりも絶対に早く行くな。1分遅れるくらいの気持ちで行け」とやかましく言われたものでした。「1分遅れ」には異論もあるでしょうが、要は、「自分の都合を優先してお客様の時間を奪ってしまうことだけは絶対にしてはいけない」「自己満足より先方の都合を優先させろ」ということを伝えたかったのでしょう。

 

ちなみに、この「早すぎる来訪者」に対しても、開催企業の社員さんたちは、やはり概ね寛容です。大事な食事の時間を邪魔された人の口からも優しい言葉が出てきます。「気合が入りすぎて早く来ちゃったんだね」「意欲的だね…」

 

 

 

 

「時間泥棒」の大半は、「自己都合で動く自己中心的な人」です。そのような人が会社に入ってくると、周囲の様々な人たちに迷惑やストレスが及び、「生産性が著しくマイナス」の状態になってしまうので、リスクマネジメント上、何としてでも侵入を阻止したいところです。

 

なのに、採用現場での「時間泥棒」に対する「リスクマネジメント」は、全体的にかなり危なっかしいようです。「自分都合の自己満足」を「意欲的」とお気楽に解釈する人が多い現状を、単に「みんな人がいいんだから…」で済ませておいてよいのでしょうか。

 

普段から自分の時間を大切にしている人でないと、「時間泥棒」に厳しい目を向けることはできません。

 


東京で生まれ(1960年)、鎌倉で育ちながら、京都に憧れて高校卒業後に関西へ流れるが、何故か大阪の大学(関西大学法学部)へ入る。 念願の体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルができなくて干され、徹夜のバイトがばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人たちとプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に、5年間の任期を終えて帰国。 「国際人の俺様にはもっと大きい会社がふさわしいのさ」と、わけのわからないことをつぶやきながら、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついには重症の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく、「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを生かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。 「世間からの見られ方」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し、今に至る。37歳の時に入社した人事系コンサルティング会社で「アセスメントセンター」に出会って惚れ込み、これを生涯の生業とすることを決意。39歳の時に、今の会社を設立した。 50歳近くまで続けていたラグビーだったが、試合で足首をややこしく負傷してしまって以来、プレーをしていない。復帰するには手術が必要で、数年前から「今度手術するんですぅ」とあちこちで触れ回っているが、諸事情で延期が繰り返され、周囲からは「切る切る詐欺」の声が聞こえ始めている。

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