心に寄り添う

心に寄り添う

昔、ある会社で課長をしていたころ、自分の部下を含む若手社員が、某研修会社の実施するアセスメント研修を受講することになりました。わが国でも大手企業を中心にやっとアセスメントセンターの導入が進み始めた時期でした。多くのコンサルティング会社や教育団体が、こぞって独自に趣向を凝らした「アセスメント研修」を売り込み始めた頃で、「2泊3日の集合マネジメント研修」のような形態で実施されることが多かったように思います。

 

研修が終わって1か月ほど経った頃、その研修会社からのフィードバックレポートが発行され、受講者全員分の評価が私たち管理職の手許にも届きました。パラパラとページをめくっていると、私の目が、ひとりの受講者のひとつの「評価」にくぎ付けになりました。そこには「最初から最後まで言動が力強かった」「心が極めて強靭であると思われる」と書かれていたのです。その受講者は私の部下ではありませんでしたが、気が小さくてストレス耐性が極めて低いことで知られた人でした。自分の気に入らないことがあると声を荒げることが多く、いわゆる「逆切れ」をしやすい性格の持ち主で、「強靭」とは正反対の人でした。

 

「すぐ怒鳴る人間は気が小さい」というのは、一般的にもよく知られるところとなっていますが、急に多弁になったり、たたみかけるように話したり、必要以上に声を張り上げたりする行動は、自分の「本質エリア」に人が立ち入ってくる危機を察した時に顔を出す、「緊急自己防御行動」のひとつです。きっと、彼は、研修の間中、特に人と絡む場面では、自分の声量のボリュームを上げ語勢を強めて虚勢を張り、威嚇を図り、支配性を強めて、自分の弱さを隠し通すための努力を繰り返していたのでしょう。

 

 

 

ちなみに、そのような威圧的な行動の多くは、心の弱い人の自己防衛行動と相手の出方とのバランスが崩れた時に発生します。

 

精神的な自立が遅れ、心が未成熟で脆弱な人の多くは、満たされてこなかった願望に執着し、現実とのギャップを埋めようとして、自分の殻の中に閉じこもって汲々としやすい傾向があります。そのようなステージは誰でも通るところなのですが、心が成熟するにつれ、ありのままの自分を受け入れ、幼稚な願望にけりをつけ、心を外界に開放させて、世のため人のために動く事が出来るようになるのが、大人になるということです。一方で、そこに乗り遅れた人たちは、いい年になっても自分の事ばかり考え自分を取り繕うばかりの日々を送り、生産性の無い不毛な取り組みに追われているのです。

 

例えば、親を含めた周囲の人にあまり認められてこなかった人の中には、常に「人に認められたい」という願望、すなわち「承認欲求」を満たすことだけを目的化して動く人が少なくありません。このような「呪縛」にかられている人は、自分の囚われている部分、すなわち劣等感の収納場所を他者から覗かれることに対して常に恐怖心を抱いています。だから、そこに人が近づかないように一生懸命防御を図り、その結果、「話の前置きが長い」「過剰に謙虚にふるまう」「過剰敬語を乱発する」「笑い方や相槌がわざとらしい」「言い訳が多い」「『絶対!』を連発する」などの自己防衛行動が生まれます。

 

そして、その自己防衛行動が及ばず、誰かが自分のエリアに踏み込んでくると、それまでは穏やかで親和的な雰囲気を装っていたその人は、態度を豹変させるのです。自分の大切なものを守るために、今度は攻撃性を加えてその相手を排除しようとするのですね。「心が弱い人は他人からの圧力や攻撃に弱く過剰に反応する」…、これもまた、日常生活でよく目にする現象です。時に、「穏やかな自己防衛」をすっ飛ばして、人の前に出るなり攻撃性が顔を出すような人も見かけますが、「終始力強い」と評された彼も、多分そうだったのでしょう。

 

 

 

そんな彼の、声が大きくて押し出しが強い様を「心が強い」という評価に直結させたお粗末なアセスメントには本当に驚いてしまい、開いた口がふさがらなかったことを覚えています。

 

その後何年かして、私自身がアセスメントセンターを生業とすることになったわけですが、「対象に向き合う力」を見極めるために、人の「心の成熟」や「心の強さ」に日々全身全霊を込めて向き合っている今の私たちからすると、あの「誤診」が未だに信じられません。「極めて心の弱い人」を、あろうことか「極めて心の強い人」とみなしたあのアセスメントは、単なるミスという次元のものでなく、人を観る基本的な心構えやスタンスが問われる深刻な問題を内包していると思います。対象の「心」と向き合わないアセスメントは、相手の発言内容を鵜呑みにして評価してしまう採用面接と同等かそれ以下の価値しか持ちません。「心」に寄り添うことなく表層的な行動情報だけを取り扱うプロアセッサーがお金をもらって仕事をしていたということは、大げさでなくアセスメントの根幹を揺るがしかねない大事件だったと思うのです。あのようなアセッサーが、今のアセスメントの世界に紛れ込んでいないことを願うばかりです。

 

 

 

「心」への真摯なアプローチは、アセスメントの肝です。私たちの採用アセスメントの絶対的採用基準である「対象に向き合う力」は、心の成熟度や強靭性に大きく影響されるからです。「人を観る」ということは、その人の「心に寄り添う」に他ならない…、もちろんそれは、アセスメント以外の場所で人を観る場合にも言えることです。健全な目的を持って、あるいは何らかの役割を背負って人を観ようとする時には、対象となる人の奥底で何が起こっているのかを、一生懸命「考える」ことが求められます。

 

人の心に近づくという行為を「怖い事」と感じる人もいるかもしれません。人が一生懸命隠そうとしているものを炙り出そうとする自らの取り組みを嫌悪する瞬間があるかもしれません。心の弱い部分が凝縮された言動を見せられ続ける中で、そこに自分自身の脆弱な部分を重ねて見てしまうこともあるかもしれませんね。特に上述の自己防衛行動のように程度の差こそあれ誰もが身に覚えがあるものに向き合うことは、人によっては辛い仕事になってしまうでしょう。

 

そのような葛藤を持つこと自体は、極めて健全な「あるべき姿」だと思います。しかし、使命を背負って人を観ようとする人であるなら、最終的にその葛藤には勝たねばなりません。遊びではなく、多くの人の利害がかかっているのですから、いくら嫌でも辛くても、対象の心に寄り添うことを放棄するわけにはいかないはずです。

 

重いものを背負って人を観ようとする人には、必ず思考や葛藤の苦しさが伴います。思考も葛藤も携えず、軽い気持ちで人の心を覗こうとする行為は、害悪しか生み出しません。

 


東京で生まれ(1960年)、鎌倉で育ちながら、京都に憧れて高校卒業後に関西へ流れるが、何故か大阪の大学(関西大学法学部)へ入る。 念願の体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルができなくて干され、徹夜のバイトがばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人たちとプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に、5年間の任期を終えて帰国。 「国際人の俺様にはもっと大きい会社がふさわしいのさ」と、わけのわからないことをつぶやきながら、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついには重症の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく、「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを生かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。 「世間からの見られ方」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し、今に至る。37歳の時に入社した人事系コンサルティング会社で「アセスメントセンター」に出会って惚れ込み、これを生涯の生業とすることを決意。39歳の時に、今の会社を設立した。 50歳近くまで続けていたラグビーだったが、試合で足首をややこしく負傷してしまって以来、プレーをしていない。復帰するには手術が必要で、数年前から「今度手術するんですぅ」とあちこちで触れ回っているが、諸事情で延期が繰り返され、周囲からは「切る切る詐欺」の声が聞こえ始めている。

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