口の重い人を軽視する文化

口の重い人を軽視する文化

アセスメントのグループ討議を観察するアセッサーにとって、「あまり発言しない人をどう捉えるか」は、永遠のテーマです。アセッサーはどうしても「発信」という行動を求めます。発信には言語情報がついてくるからです。「言語に踊らされず取り組みにアプローチする」という努力目標があっても、やはりアセッサーの本音としては言語情報に頼りたい部分も否定できないので、それを提供してくれる「発信」という行動が少ない人をアセスメントすることは、多くのアセッサーにとって試練となります。

 

わが国には、会議や研修などの集団場面であまり発言できない人を評して、「沈黙に価値はない」「しゃべってなんぼだろ」「口数の少ない者は頭が悪い」などとのたまうエラい人たちがたくさん存在します。そのような場所であまり発信できず、その場における生産性を高められない人に、何らかの弱みがあるのも確かですが、そんな人たちの人格を得意げに否定してしまう「頭の悪い」大人たちが多いことに辟易としてしまいます。少なくてもアセスメントのアセッサーは、発言が少ない人を一様に「頭が悪いから」などと決めつけたりはしません。アセスメントで発言できない人たちそれぞれが抱える理由が、実に多様であることを知っているからです。

 

「こんなことやりたくないから」「課題の内容や前提をまったく理解できないから」「内容の把握や状況の理解に自信が持てなくて意見を述べる勇気がないから」「自分が発言すると流れが滞ってしまうから」「自分が思いつく意見のレベルが低く思えてしまうから」「完全な理論の形が完成するまでは発信できないから」「発言責任への意識が過剰になりがちで」などなど。よく取り上げられる「理由」の一部を挙げるとこんな具合になります。しゃべらない人がしゃべらない本当の理由は、本人に聞かなければわかりませんが、アセスメントではその人の非言語情報を注意深く分析して、「理由」を推察しなくてはなりません。

 

例に挙げた「理由」の中で、一番問題があるのは「こんなことやりたくないから」というものですが、そんな気持ちで討議の場にいるのであれば、一言も発しないのも当然でしょう。そのような最低限の役割意識も持てないような人が組織に適合できるとは思えませんが、私は今までアセスメントの場でそのような人をほとんど見たことがありません。アセスメントで示される行動は、普段の仕事場での行動の縮図ですから、普段から役割意識が全くない人でなければ、アセスメントでそのような行動を貫くことはできないのです。アセスメントに反感を持ち、抵抗を図るためにそのような行動に出ようとしても、その人の日常に少しでも役割意識らしきものがあるのであれば、それがグループ討議の50分間の中で必ず炙り出されます。ふて腐れてワルを演じようとしても、すぐばれてしまうということです。アセスメントの場で役割意識の欠如から発言しない人が少ないという事実は、日常の仕事場で役割意識を持たない人が極めて少ないことの証左でしょう。そこがわが国の強みであり、数少ない「救い」なのかもしれません。

 

次に挙げたのは「全く理解できないから発言しない」でした。実は、この理由で発言しない人も、ごく少数に留まるのです。これは「まったく理解できない人」が少ないという意味ではありません。「わからなくて黙っている人」より、「わからなくてもよくしゃべる人」の方が、圧倒的に多いからです。課題の内容や前提を全く理解できない人でも発言する術があることは前に述べましたが、参画への役割意識、あるいは強い自己顕示欲に背中を押されて、発信を理解より優先させる人の数は、理解に至らないと口を開かない人の数をはるかに凌ぎます。ここで言えることは、理解できないのに何らかの手を使って発言の機会を積み上げる人も、わからないから黙っている人も、概念化能力に欠けていることには変わりなく、未知領域での生産性も同様に期待できないということです。

 

それ以降に挙げたいくつかの「理由」には共通することがあります。概念化の精度や概念化への自信が不足したり、発信に向けての多様な心理的障壁が認められたりして、発信を敢行するには至らないものと推察されますが、少なくてもこれらの理由で発信できない人たちが情報に真正面から向き合おうとしていることには間違いありません。中には、感受性や責任感やワークスタンダードなどが少し高すぎる水準にあるために、起動を制御してしまっているケースも多々見られます。発信が阻害されやすい要因を持つ人たちには、確かに不得手なフィールドや適性の低い仕事が浮上することもあり得ると思われますが、情報感性に優れ、「対象に向き合う力」を持つその人たちの汎用的な仕事力に、まず問題があるとは思えません。それどころか、驚くべき潜在能力の持ち主がそこに含まれている可能性も、大いにあるはずです。

 

日常生活においては、「発言しない人」を目にした人の多くが、反応的にその人を「理解できない人」とみなしてしまいます。一方、私たちがアセスメントのグループ討議を観察して、「この人が発言しない理由は全く理解できなかったから」という結論を出すためには、50分間の慎重な情報集積と分析を必要とします。そしてその50分間が、時に「沈黙の逸材」の存在を浮かび上がらせます。私は、わが国には、「口数の少ない人を見ると即座にその人の知的能力を疑う」という文化が根付いていると考えています。ここを改めないと、口数だけが多い愚か者が世の中に更に蔓延ることになり、そして、かけがえのない逸材を地下に葬り続けることになります。


東京で生まれ(1960年)、鎌倉で育ちながら、京都に憧れて高校卒業後に関西へ流れるが、何故か大阪の大学(関西大学法学部)へ入る。 念願の体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルができなくて干され、徹夜のバイトがばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人たちとプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に、5年間の任期を終えて帰国。 「国際人の俺様にはもっと大きい会社がふさわしいのさ」と、わけのわからないことをつぶやきながら、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついには重症の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく、「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを生かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。 「世間からの見られ方」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し、今に至る。37歳の時に入社した人事系コンサルティング会社で「アセスメントセンター」に出会って惚れ込み、これを生涯の生業とすることを決意。39歳の時に、今の会社を設立した。 50歳近くまで続けていたラグビーだったが、試合で足首をややこしく負傷してしまって以来、プレーをしていない。復帰するには手術が必要で、数年前から「今度手術するんですぅ」とあちこちで触れ回っているが、諸事情で延期が繰り返され、周囲からは「切る切る詐欺」の声が聞こえ始めている。

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