「誰もが容易にキャッチできる情報」への正しい向き合い方

「誰もが容易にキャッチできる情報」への正しい向き合い方

 エントリーシート(以下ES)への向き合い方

 

今、多くの人事担当者が、毎日毎日、同じような内容のESを読まされています。そこから各自の個性の識別化を図るのはもはや不可能で、結局、それが伝えるのは学歴と資格だけということになってしまっているようです。ESに向き合う際には、内容の精査に注力するより、それが「どのような心の動きを経て書かれたか」を推察する方が、意義ある取り組みになります。そして現実的にはその多くが「余白無く埋めることを目的に書いたのだな」という「診断」に落ち着きます。あまたの「就活指導」が、「余白があるとやる気が疑われてしまうからとにかく欄を埋めるように」と教えているのですからそれも仕方ないでしょう。内容についても、明らかに「雛型」や「モデル」を踏襲したものが多く、それらの「内容」から応募者の質を見極めるのは、ほぼ不可能だと思われます。

 

例えば、そんな中で、余白が目立つESを見つけたとします。「言語道断」とばかりに「不採用」の判を押してしまう人も多いでしょう。実際、その中の多くが、「書くことがないから」「面倒くさいから」「志望の本気度が低いから」などの理由で、欄を埋めきれない人なのかもしれません。しかし、留意しなくてはいけないのは、「自分が本当に書きたいことだけを書いた結果、余白ができてしまった」という人も、少数ながら存在する可能性です。就活指導に依存せず、アピール意識の希薄な「精神的に自立した人」(=「対象に向き合える人」)は、「見せ方」「見られ方」への意識が優先されにくいので、余白にそれほど心を残さないのでしょう。

 

「余白があれば優秀」という公式など成立するはずもありませんが、「アセスメントを通過した人の中に、ESに余白を残す人が多かった」という経営者や人事担当者の後日談はよく耳にします。

 

この余白の例はほんの一例ですが、もはや「書かれた内容」に関しては形骸化への一途をたどるESも、書かれている内容にこだわる意識を少し抑え、それが書かれる行動やその原因に心をはせると、思わぬ有効情報が提供される可能性があります。その「行動情報」を、他の場面で得られた情報と絡ませることができれば、それは立派な「アセスメント」になります。

 

 

学生の服装への向き合い方

 

私たちの採用アセスメントのお客様の中で、アセスメントのグループ討議に呼ぶ学生のドレスコードを、「自由」とするところが増えています。学生への案内には、「スーツではなくてもOKです」「カジュアルでもOK」などという表記があるので、アセスメントの現場では、通常、スーツとカジュアルの混在が見られることになります。(「服装自由」という設定の中で、スーツを着てくる学生の心情を考えることも、特性の発見に繋がるかもしれません。)時に、サンダル履き、ブーツ、靴下なし、男性の短パン、男女のノースリーブ、派手な装飾品、女性の「ひらひらふりふり」など、通念的にTPOが問われかねない服装の学生が混じりますが、そういった人たちがそのアセスメントを通過した試しは一度もありません。

 

もちろんアセスメントで処理される情報の中に、前述の服装情報が加えられることは決してありません。服装に問題があることが先入観となってアセスメントに影響を及ぼすことは、プロアセッサーとして許される事ではありません。服装自由の情報を得たからと言ってそのような格好をして採用試験に出向く人たちが結果的にアセスメントを通過しないのは、その人たちが共通して持っている「仕事力の弱さ」がアセスメントに引っかかるからです。その弱みとは、「TPOの知識を持っていない」ということではありません。「この格好で選考試験に行ったら、もしかしたら違和感を抱く人がいるかもしれない」という事をイメージできないことが問題なのです。このような人たちをアセスメントすると、情報感性の弱さや感受性の不足を示す行動が連発されるのが普通です。限られた情報や思いで動き、取り込むべき情報を排斥する傾向が強い「独りよがりな人」が多いことも特筆されます。異質な服装を目にしたとたんに「こういう場所にふさわしくない」と☓をつけるのと、その服を着てくる心理的背景とその他の行動情報とを絡めた上で☓を出すのとでは、「不採用」の判断は同じでも、そのプロセスの質には雲泥の差を生じます。

 

もうひとつ例を挙げると、体を締める部分が少ない「緩い」服を着てきた人は、結果的に「ワークスタンダードが低い」とアセスメントされることが多いという実績もあります。考えてみれば、ワークスタンダードが低い人は「楽がしたい」のですから、無意識のうちに楽な服を選んでしまうのも当たり前のことです。

 

採用選考の場を「服装自由」とするやり方は、有効な情報が増えるのでお薦めです。服装について何か気が付いた時に、今日その服を選ばせた人格や心理的背景を勘案することによって、その人の行動特性に関するヒントを得ることができるからです。限られた時間の中で合否の判断材料となる情報を増やすための「ひとつの工夫」と言えるでしょう。もちろん、スーツ限定の採用現場であっても、その着こなし、靴、男性のネクタイ、女性のシャツの襟、インナーなどをよく見ることによって、何らかの仮説を持つことができるかもしれないことを付け加えておきます。

 

 

「誰もが容易にキャッチできる情報」への正しい向き合い方

 

応募者を少しでもよく知るためには、採用プロセス全体の中で応募者の行動と向き合う場所を増やし、応募者との接点すべてにおいて精力的に行動分析を行うことが必要である、と、これまで述べてきました。それを実践しようとして採用プロセスを追う人が、その道半ばにおいて必ず遭遇するのが「誰の目にもわかりやすい情報」です。それは、キャッチすることが大変な「行動情報」とは異なり、明確にアウトプットされた、誰の目にも認識しやすい情報です。応募者の行動のキャッチやその分析に苦労し頭に汗をかいている人は、その情報から非生産的な匂いを感じ取ることはできますが、一方で、疲れを癒してくれるオアシスに見えてしまったりもするのです。

 

ここで挙げた「ES」と「服装」の二例は、「誰もがキャッチできる情報」に対峙する際も、多くの人のように見たままの姿に反応し表面的な感想を導いて終わるのではなく、やはりそこでも「よく考える」ことによって、行動観察から得るものに準じる「行動特性情報」を獲得できる可能性があることを示すものです。正しく人を観る人は、人の行動の結果としてのアウトプットを見る際にも、遡ってその行動に正対する習慣を持っています。

 

もちろん、一生懸命導いたその行動特性もあくまで仮説レベルに留まる事が多いので、実際に行動を観察して得られるのと同じレベルの精度を確保できることは期待できません。しかし、その「精度が薄い情報」も、他の場面から得られる行動情報と統合させることによって、「鉄板情報」に変えていけるのです。逆に言えば、説明会や面接で今一つ確信を持てなかった評価を、これらの補完情報によって安心レベルに固める事もできるわけです。

 

「ES」や「服装」など、「誰もがキャッチできる情報」への着目は、常に曖昧さの漂う通常の行動分析よりも確信的な心情を生みやすいので、より強い先入観を生むリスクを伴います。「人を正しく観る」ためには、そこから得た情報を「仮説」に留め置き、他の行動情報と絡ませて「概念化のプロセス」を踏まなくてはなりません。しかしながら、そんな面倒くさい取り組みに向かうより、一つの情報から反応的に結論付けに走る方が楽なので、多くの人がそちらへ向かいます。採用現場に「先入観」が蔓延する理由がそこにあります。

 

ここでは、採用プロセスの中でもごく普遍的な「誰もがキャッチできる情報」の一例として、「ES」と「服装」を挙げましたが、実際に、「これらを目にした途端思い込みや決めつけの世界にまっしぐら」というケースは多いのです。採用現場で人を観ようとする人なら誰でも、人の行動を観察して情報を得たいといういくばくかの意欲は持つものです。ところが「行動をよく観て情報を得る」という取り組みは、誰にとっても難しいので、どうしても「動いていない」「わかりやすい」情報に依存したくなるのです。「思い込みに起因する採用ミス」の多くが、その依存から始まっています。

 

今回、「誰もがキャッチできる情報」への向き合い方を取り上げたのには、わかりやすいものに安易に依存する「人の本能」への牽制の意味があります。その「わかりやすさ」に接した際に、社会通念的常識に巻かれて「依存」に走った時点で思考が停止します。そのわかりやすい情報に対しても、依存先としてではなく、情報を拡充させるための貴重な切り口として接する訓練は、その人の思考力を必ず強化し、人間性を豊かにします。


東京で生まれ(1960年)、鎌倉で育ちながら、京都に憧れて高校卒業後に関西へ流れるが、何故か大阪の大学(関西大学法学部)へ入る。 念願の体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルができなくて干され、徹夜のバイトがばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人たちとプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に、5年間の任期を終えて帰国。 「国際人の俺様にはもっと大きい会社がふさわしいのさ」と、わけのわからないことをつぶやきながら、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついには重症の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく、「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを生かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。 「世間からの見られ方」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し、今に至る。37歳の時に入社した人事系コンサルティング会社で「アセスメントセンター」に出会って惚れ込み、これを生涯の生業とすることを決意。39歳の時に、今の会社を設立した。 50歳近くまで続けていたラグビーだったが、試合で足首をややこしく負傷してしまって以来、プレーをしていない。復帰するには手術が必要で、数年前から「今度手術するんですぅ」とあちこちで触れ回っているが、諸事情で延期が繰り返され、周囲からは「切る切る詐欺」の声が聞こえ始めている。

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