「無理」や「無駄」に溢れる行動 その1 うなずき

「無理」や「無駄」に溢れる行動 その1 うなずき

「普段、アセスメントをしていない時でも、全部見えちゃうんですか?」「今も、私たちしっかり見られてるんですよね。。」

 

アセスメントが一段落ついて、場の緊張感が少し緩む時、かなりの確率でお客様からこのフレーズをいただきます。

 

「いやいや普段はスイッチを切ってますから。。」と、お答えするのがお約束なのですが、本当のことを言えば、アセスメントの場を離れたら、スイッチを入れようが切ろうが、残念ながら私の人を観る目はあまり優位性を持ちません。アセスメントの場と日常の場とではキャッチできる行動の質量が全く違うからで、アセスメントが終わって別室で爽やかに談笑している学生さんたちの姿を覗くたびに、アセスメントのしくみがいかに多くの「本来の行動」を集めてくれていたのかを痛感します。

 

しかし、そうは言っても、長く人を観る仕事に携わってきたので、丸腰の短時間でも、「その人の本質がある程度わかる」ことはあります。(もちろん全然わからないこともしょっちゅうですが) 「わかる時」は、多分自分なりに身に着けている人を観るコツが機能しているのだと思います。

 

そのコツのひとつに、「人の言動に無理や無駄があるか否かを注目する」というのがあるのですが、この「コツ」は、私がアセスメント以外の場所で人を観る時に、とても役に立っています。人の行動の無理や無駄に着目するということは、その人が「今やるべきこと」に真っすぐ向き合える人かどうかを見極めるということであり、アセスメントで私が常日頃社内アセッサーの皆さんに「究極の視点の絞り込み先」として教えている「対象に向き合う力」への視点に通じます。

 

アセスメントで「対象に向き合わない人」特有の行動特性とされるものの中には、「平時」でも、「無理」「無駄」などという見えやすい形になって現れるものがあります。人の行動の「無理」や「無駄」に着目すれば、アセスメントをしなくても「対象に向き合う力」を見極めることができる可能性が、きっと広がります。

 

 

 

 

私は、講義や講演で皆さんの前に立って話をする時、聴く事に集中してくれている人とそうでない人、理解してくれている人とそうでない人、を、大体識別できていると思っています。その時にキャッチしている有力な行動情報はいろいろあるのですが、その中のひとつが、「うなずき」です。

 

1対大勢でも、1対1の時でも、相手のうなずき方を観察することで、相手の本質に近づく事ができるケースは少なくありません。相手が笑顔で大きなうなずきを絶えず繰り返してくれると、しゃべり手としては確かに気持ちがいいし安心します。が、安心していてはいけないのですよ。^^ よーく観ていると、そのような「派手なうなずき」の多くが、話の内容に関係なく遂行されていることがわかってきます。

 

「相手の話をよく聴いて、しっかり理解しなければ」と考える人に、のべつまくなし頭を振る暇はありません。話の内容や流れに関係なく、一定のペースで大きくうなずく人のほとんどが、まずうなずくことありきでうなずいています。「うなずくこと」を目的としてうなずいています。前にブログで書いた「発言のための発言」と同じです。そこで本来一番重要なことである、「相手の話をよく聴いてよく理解すること」、すなわち「相手に向き合うこと」よりも、表面的な対人テクニックとしての「うなずき」を優先させてしまうところに、その人の重大な問題が隠されている可能性があります。

 

うなずきが多いことくらいにそんなに目くじらをたてなくても…、と思われる向きもあるかもしれません。話し手に気を遣い、「わかっていますよ」「聞いていますよ」と表現したくて、「好意で」うなずきを繰り返す人もいるでしょう。就活指導などで、「うなずきの繰り返し」を必須の対人スキルとして叩き込まれることもあるようです。しかし、そうであっても、仕事人として、「今本当に注力すべきこと」よりも「見せること」を優先させてしまうメンタリティーは問題なのです。「相手の情報を自分の中に取り込んで思考に繋げようとする」という行動は、「本当に仕事ができる人」が新たな情報に接した時に本能的に見せることが多い行動です。その行動に進む人は、そこに最大限の注力を図るので、「見せるためのうなずき」を含めた余計な事に使うエネルギーを残すことができません。

 

 

 

 

私の経験上、「本当に仕事ができる人」は、本当に理解した時だけ、理解したことを話し手に伝えるためだけに、控えめにうなずいてくれます。それは、思考で忙しい間をぬって頑張って示してくれる礼儀であり、そこに私はいつも強い好感を覚えます。

 

アセッサー養成の生徒さんたちは、選ばれた人たちだけあって、どの会社においても皆さん例外なく「無駄なうなずき」や「愛想笑い」に無縁です。私から発せられる概念的な小難しい話にずっと対峙しなくてはならないので、そんな余裕はないのでしょう。私は、皆さんが思考に取り組むちょっと怖い顔を見るたびに、負荷のきつい取り組みから決して逃げようとしない皆さんの使命感に安心し、尊敬の念を抱くのです。

 

 

 

貴方の前でにこやかに大きなうなずきを繰り返すその人は、本当に大切なことに正面から向き合いたがらない、「回避傾向」の強い人なのかもしれません。

 

 

 

平時でも見えやすい「無理」「無駄」が絡む行動について、、、次回に続きます。

 


東京で生まれ(1960年)、鎌倉で育ちながら、京都に憧れて高校卒業後に関西へ流れるが、何故か大阪の大学(関西大学法学部)へ入る。 念願の体育会ラグビー部に足を踏み入れるも、タックルができなくて干され、徹夜のバイトがばれて干され、と、「なんちゃってラガー」への道をまっしぐら。4年生でやっと公式戦への出場がかない、初出場の日の前夜は、ジャージを抱いて泣きながら寝た。 卒業後に入った商社で、早速、語学難民となり、「このまま日本に置いておいてもこいつは英語を覚えない」と当時の事業部長に判断されて、入社後1年も経たないうちに香港の現地法人に飛ばされる。現地の英国人たちとプレーする中でようやく面白くなり始めたラグビーの合間に仕事も少しだけ頑張る、という充実の日々を送り、バブルもはじけた平成2年の春に、5年間の任期を終えて帰国。 「国際人の俺様にはもっと大きい会社がふさわしいのさ」と、わけのわからないことをつぶやきながら、いわゆる大企業の海外部門を転々とするが、会社と仕事が肌に合わず、日に日に心が萎んだ。ついには重症の抑うつ状態にまで陥ってしまったが、そこに至ってようやく、「自分の強みは本当に『国際』『語学』なのか?」「本当に自分の良さを生かせる仕事は何なのか?」というテーマに、正面から向き合うことになる。 「世間からの見られ方」への執着を断ち切り、自分の価値観に正直になって新たなフィールドを選んでからは、心の元気を取り戻し、今に至る。37歳の時に入社した人事系コンサルティング会社で「アセスメントセンター」に出会って惚れ込み、これを生涯の生業とすることを決意。39歳の時に、今の会社を設立した。 50歳近くまで続けていたラグビーだったが、試合で足首をややこしく負傷してしまって以来、プレーをしていない。復帰するには手術が必要で、数年前から「今度手術するんですぅ」とあちこちで触れ回っているが、諸事情で延期が繰り返され、周囲からは「切る切る詐欺」の声が聞こえ始めている。

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